尼君様、いらっしゃいます
でしょうか?
方はおりませんが…。どこかの
家と勘違いされているのでは
ないでしょうか?
紙にはここの住所が
書いております。
他をお探しになった方が
よいと思います。
くれないのですか?
この角棒でたたきますよ。
居ないから会わせられないのに…。
うーん。仕方ないから一緒に
探してあげますよ。
尼君様は、どんな方ですか?
聞いちゃいましたね?
確か『しのびね物語』の時の
御公家様だったけ?
師匠から学んだんです。
お金取るの?
きっちりいただきますからね!
お聞きくださーい。
本文
中ごろ【注1】、伊豆の国のある所の地頭【注2】に、若き【注3】男ありけり【注4】。狩りしける【注5】ついで【注6】に、猿を一匹生け捕りにして、これを縛りて家の柱に結ひ付けたりける【注7】を、彼の母の尼公【注8】、慈悲ある人にて【注9】、「あらいとほし【注10】、いかに【注11】わびしかるらん【注12】。あれ解き許して、山へやれ。」と言へども、郎等、冠者【注13】ばら、主の心を知りて、おそれてこれを解かず【注14】。「いで【注15】さらば我解かん【注16】。」とて、これを解き許して、山へやりぬ【注17】。
これは春の事なりける【注18】に、夏、覆盆子【注19】のさかりに、覆盆子を柏の葉につつみて、隙をうかがひて、この猿、尼公にわたしけり【注20】。あまりにあはれに【注21】、いとほしく【注22】思ひて、布の袋に、大豆を入れて、猿にとらせつ【注23】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 中ごろ | 名詞。意味は「そう遠くない昔」。 |
2 地頭 | 名詞。鎌倉時代、幕府が公領や荘園に置いて管理をさせた役職名。 |
3 若き | ク活用の形容詞「若し」の連体形。 |
4 ありけり | ラ変動詞「あり」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。 |
5 しける | サ変動詞「す」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。 |
6 ついで | 名詞。意味は「おり・機会」。 |
7 結び付けたりける | カ行下二段動詞「結び付く」の連用形+存続の助動詞「たり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。 |
8 尼公 | 名詞。尼となった高貴な女性のこと。読みは「にこう」。 |
9 にて |
断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。意味は「~であって」。 「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
10 いとほし | シク活用の形容詞「いとほし」の終止形。意味は「かわいそうだ・気の毒だ」。 |
11 いかに | 副詞。意味は「どんなに」。 |
12 わびしかるらん | シク活用の形容詞「わびし」の連体形+現在推量の助動詞「らん」の連体形。意味は「つらいだろう」。 |
13 郎等、冠者 | 共に名詞。郎等は「家来」。冠者は「召使の若者」。 |
14 解かず | カ行四段動詞「解く」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。 |
15 いで | 感動詞。意味は「さあ・どれ」。 |
16 解かん |
カ行四段動詞「解く」の未然形+意志の助動詞「ん」の終止形。 「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
17 やりぬ | ラ行四段動詞「やる」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。 |
18 なりける | 断定の助動詞「なり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。 |
19 覆盆子 | 名詞。「とっくりいちご」の慣用漢名。読みは「いちご」。 |
20 わたしけり | サ行四段動詞「わたす」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。 |
21 あはれに | ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形。意味は「かわいい・りっぱだ」。 |
22 いとほしく | シク活用の形容詞「いとほし」の連用形。意味は「かわいい・いとしい」。 |
23 とらせつ | ラ行四段動詞「とる」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形+完了の助動詞「つ」の終止形。 |
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現代語訳
これは春の事であったが、夏のとっくりいちごの盛りの時、とっくりいちごを柏の葉に包んで、(人がいない)隙をうかがって、この猿が、尼君に渡した。尼君はあまりにかわいく、いとしく思って、布の袋に、大豆を入れて、猿に取らせた。
いかがでしたでしょうか。
前半は、特に難しい文法事項はありません。
物語の流れに沿って、
主語をきちんと特定すれば、
難しい所はありません。
なるほど。
尼君は心の優しい
御方なのですね。
これで、話は終わりですか?
いやいや。
まだ続きがありますよー。
続きは以下のリンクからどうぞ。
『沙石集』「猿、恩を知ること」の現代語訳と重要な品詞の解説2
【桜川慈悲成作歌川豊国(初代)画『桃太郎大江山入』(寛政七年刊)を参考に挿入画を作成】