入試問題に挑戦!
では、実際に大学入試問題で出された「べし」の識別の問題をやってみましょう。練習問題1・2とも学習院大学の問題です。
練習問題1
次の文章は、『大和物語』の一話である。女が、生活に困って別れた夫を探しに、かつて住んでいた難波(なにわ)へ出かけた場面である。これを読んで、後の問題に答えなさい。
車をやらせつつ家のありしわたりを見るに、屋もなし、人もなし。「いづ方へ往にけむ」とかなしう思ひけり。かかる心ばへにて、ふりはへ来たれど、わが睦まじき従者(ずさ)もなし、ⓐたづねさすべき方もなし。いとあはれなれば、車を立ててながむるに、供の人は、「ⓑ日もくれぬべし」とて、「御車うながしてむ」といふに、「しばし」と言ふほどに、葦(あし)担(にな)ひたる男のかたゐのやうなる姿なる、この車の前より行きけり。これが顔を見るに、その人と言ふべくもあらず、いみじきさまなれど、わが男に似たり。
問 傍線ⓐ・ⓑの「べし」の用法と同じものを、次の中からそれぞれ一つずつ選べ。なお、同じものを選んでもよい。
ア あないみじ、犬を二人して打ち給ふ。死ぬべし。
イ 毎度ただ得失なく、この一矢に定むべし、と思へ。
ウ 道の程のをかしうあはれなること、言ひつくすべくもあらず。
エ 頼朝が首をはねて、わが墓の前に掛くべし。
オ 憂へ給ふなかれ、必ず救ひ参らすべし。
(学習院大学 文学部 2011年)
練習問題1の解説
まず、傍線ⓐの「べき」から分析していきましょう。
「べき」の後ろに否定表現の「なし」がありますので、「べき」は可能の意味になります。
「べき」の前にある「さす」は「~させる」という意味の使役の助動詞です。「たづね」は、「探す」という意味のナ行下二段動詞です。
ここの文章の現代語訳は「探させることができる方法もない」になります。
次に、傍線ⓑの「べし」を見てみましょう。「べし」の前に「ぬ」があります。この「ぬ」は強意(確述)の助動詞で、「ぬべし」で、「きっと~だろう」と訳します。よく出てくる表現ですので、覚えておきましょう。「べし」は推量(~だろう)の意味になります。
次に、それぞれの選択肢を見ていきましょう。
アは、「死ぬべし」の前の文章から、「べし」の意味を推測します。「あないみじ」は「ああ、ひどい」という意味で、「いみじ」は「たいそう・ひどい・すばらしい」という意味がある重要単語です。「犬を二人して打ち給ふ」は、「犬を二人で叩きなさった」という意味です。犬が叩かれたということですので、「死ぬべし」は、「死ぬにちがいない」という訳になります。「~にちがいない」は推量の意味になります。
イは、「べし」の識別の解説で例文として出しました。この「べし」は意志の意味になります。訳は、「そのたびごとに当たり外れを考えるのでなく、この一本の矢で決めようと思え」です。
ウは、「べく」の後ろに打消の助動詞「ず」がありますので、可能の意味になります。
訳は、「道のりが見事で風情があることは、言葉で言い尽すことができない」となります。
エは、「べし」の識別の解説で例文として出しました。この「べし」は命令の意味になります。訳は、「頼朝の首をはねて、自分の墓の前に掛けよ」です。
オは、「参らすべし」の前の文章から、「べし」の意味を推測します。「憂へ給ふなかれ」は「お嘆きにならないで下さい」という意味で、「必ず救ひ参らす」は「私が必ず救い差し上げる」という意味で、主語が一人称(私)ですので、「べし」は意志の意味になります。
訳は「お嘆きにならないで下さい。私が必ず救い差し上げましょう」です。
練習問題1の正解:ⓐ ウ ⓑ ア
問題文の現代語訳
練習問題2
次の文章は『更級日記』の一節で、秋七月(旧暦)、作者の父が常陸の国司となって東国へ赴任する場面から、その年の冬に至るまでを、回想して記した部分である。これを読んで後の問題に答えなさい。
七月十三日に下る。(中略)
その日は立ち騒ぎて、時なりぬれば、今はとて簾(すだれ)を引き上げて、うち見あはせて涙をほろほろと落として、やがて出でぬるを見送る心地、目もくれまどひて臥(ふ)されぬるに、とまるをのこの、送りして帰るに、懐紙(ふところがみ)に、
思ふこと心にかなふ身なりせば秋の別れを深く知らまし
とばかり書かれたるをも、え見やられず。ことよろしきときこそ腰折れかかりたることも思ひ続けけれ、ともかくも言ふアべきかたもおぼえぬままに、
かけてこそ思はざりしかこの世にてしばしも君にわかるイべしとは
とや書かれにけむ。(中略)
八月ばかりに太秦(うづまさ)にこもるに、一条より詣(まう)づる道に、男車、二つばかり引き立てて、ものへ行くに、もろともに来ウべき人待つなるエべし。
問 傍線ア~エの「べし」のうち、意味上、次の例文の「べし」と同じものを、一つ選べ。
例文「人の歌の返し、疾くすべきを、え詠み得ぬほども、心もとなし。」(『枕草子』)
ア「ともかくも言ふべきかたも」 イ「君にわかるべしとは」
ウ 「もろともに来べき人」 エ「待つなるべし」
(学習院大学 文学部 2013年)
練習問題2の解説
まず、例文の「べき」の分析から見ていきましょう。
「べき」の前の文章は「人からの和歌の返事は早くする」という訳になります。
「疾く(とく)」は「早く」という意味の重要単語です。「返事を早くする」ことは今でも常識ですので、「べき」は当然の意味になります。
訳は、「人からの和歌の返事は、早くすべきだが、詠むことができないときも、気掛かりである」となります。
次に、それぞれの選択肢を見ていきましょう。
ア の「べき」は、「べき」の後ろに否定表現「おぼえぬ(わからない)」がありますので、可能の意味になります。訳は、「なんとも言葉に尽くせることも分からないまま」となります。
イの「べし」は、「べし」の前にある文章「君にわかる」が、「私があなたと別れる」という意味ですので、主語は「私」であり、「私」は一人称です。よって、「べし」は意志の意味になります。訳は、「私があなたと別れることになろうとは」となります。
ウの「べき」は、「べき」の前にある「もろとも」が「一緒に」という意味で、「一緒に来る」というこの場面での常識的な事柄となりますので、「べき」は当然の意味になります。
訳は、「一緒に来るべき人」となります。
エの「べし」は、この文章の主語が、「もろともに来べき人」という三人称ですので、推量の意味になります。
訳は、「一緒に来るべき人を待っているようであろう」となります。
練習問題2の正解:ウ
問題文の現代語訳
七月十三日に父が東国に下る。その日は大騒ぎをして、出発の時刻になったので、今はもうこれでお別れと父は簾を上げて、私とちらっと見合わせて涙をぽろぽろ流して、すぐに出てしまうのを見送る気持ちは、目もくらみ戸惑って泣き伏していると、ここに残る下男が、父を送って帰ってきた時に、懐紙に、
自分の思っていることが叶えられる身であったならば、秋の別れを深く知るのだろうか
と書かれていたのを、見ることもできない。たいしたことではない時は、下手な和歌のことも思い続けていたが、なんとも言葉に尽くせることも分からないまま、
少しも思わなかったよ。この世で少しの間でもあなたと別れることになろうとは
と書いたのだろうか。
八月頃に、太秦の広隆寺に籠るの時に、一条大路を通って参詣する途中の道に、男車が二つぐらい止めてあり、どこかへ行くのに、一緒に来るべき人を待っているようであろう。
いかがでしたでしょうか。
「べし」の分析は、主語が何人称かということと否定表現が後ろにあるかが基本で、それで分析できない場合は、前後を訳してみて判断することになります。
これは慣れが必要ですので、古文で「べし」が出てくるたびに、現代語訳と照らし合わせて、どの意味になるかを確認して経験を積んでいくことが大切です。
経験を積めば、それほど難しい問題ではありません。
「べし」の識別は入試問題でもよく出題されますので、本番までに解けるようにしておきましょう。