入試問題に挑戦!
「む(ん)」の種類の解説は、猫さんの奥さんにしていただいたので、練習問題は私が担当します。
全部で二問、出題します。それでは参りましょう。
練習問題1
ある姫君、殿のもとへおはすべきにてありけるを、乳母(めのと)教へけるは、「やさしく尋常なることをば『物の姫君なむどのやうに』とこそ申せ。何となき事のみ、御口がましき御癖のおはしますことの、しかるべからず覚え候ふに、殿の聞かせ給は①む時、いたく物な仰せられ候ひそ。『あはれ、この御前の、物を仰せられよかし。聞か②む』なむど思しめす時、物は仰せ候へよ。春の鶯(うぐひす)のまがきの竹に訪れむを聞かんやうに、珍しき御ことにて候へよ」と、教へ申しければ、「我は、ままより先に心得たるぞ。何しにさかしく教ふる」と、のたまへば、「御心得だに候はば、それこそ心安く思ひ参らせ候へ」とぞ言ひける。さて殿のもとへおはして後、二三日は、つやつや、物ものたまはず。これもあまりなりと思ひける程に、殿とならびて物めしけるに、世に良き酢(す)い茎のありけるを、なほ欲しく思はれけるにや、膝を立て、肩をすべ、羽づくろひするやうにして、首を延べ、声を作りて、「酢い茎食はう」と二声、鶯の鳴く声色にてのたまひける。
乳母、あまりに心憂く、あさましく覚えて、「また言はせじ」とて「やがて参らせ③む」と言ひけるが、遅かりければ、「きと、きと、きと」とぞ言ひける。
(『沙石集』)
問 傍線①・②・③の「む」の文法的な説明として、最も適当と思う組み合わせを次の中から一つ選べ。
ア ①婉曲―②推量―③意志
イ ①推量―②意志―③推量
ウ ①婉曲―②意志―③推量
エ ①推量―②推量―③推量
オ ①婉曲―②意志―③意志
(中央大学 2008年)
練習問題1の解説
では、①・②・③、それぞれの「む」の種類を分析していきましょう。
①の「む」は、「む」の後ろに「時」という名詞があります。ですから、①の「む」は「~ような」と訳す「婉曲」になります。
ちなみに、「む」の前にある「せ給は」は「せ」が尊敬の助動詞、「給は」が尊敬の補助動詞の二重尊敬です。「せ」に関しては、入試の助動詞の意味を選ぶ問題でよく出ますので、覚えておきましょう。
②の「む」は、カギ括弧の内容から意味を考えます。『あはれ、この御前の、物を仰せられよかし。聞かむ』の訳は、「ああ、この姫君よ、何か物をおっしゃってください。私が話を聞きましょう」となり、一人称が主語になりますので、「~よう」と訳す「意志」になります。
③の「む」は、前の文章の文脈から判断します。姫君が鶯の鳴く声を真似たとあり、それを乳母が「また言わせまい」と思い言った言葉が「やがて参らせむ」です。「やがて」は「すぐに・そのまま」という意味の重要単語で、板野先生のゴロの古文単語集にも載っています。今回は「すぐに」という意味になります。カギ括弧の部分の訳は「私がすぐに参らせましょう」という意味になり、一人称が主語になりますので、「~よう」と訳す「意志」になります。
練習問題1の正解:オ ①婉曲―②意志―③意志
問題文の現代語訳
乳母は、あまりにつらくなり、情けなさを覚え、「次は言わせまい」として、「私がすぐに酢い茎を参らせましょう」と言ったが、来るのが遅かったので、姫君は「きと、きと、きと」と鶯の鳴き声を上げた。
練習問題2
七条の南、室町の東一町は、祭主三位輔親(すけちか)が家なり。丹後の天の橋立をまねびて、池の中島をはるかにさし出して、小松をながく植ゑなどしたりけり。寝殿の南の廂(ひさし)をば、月の光入れ①むとて、ささざりけり。
春のはじめ、軒近き梅が枝に、鶯のさだまりて、巳の時ばかり来て鳴きけるを、ありがたく思ひて、それを愛するほかのことなかりけり。時の歌よみどもに、「かかることこそ侍れ」と告げめぐらして、「明日の辰の時ばかりに渡りて、聞かせ給へ」と、ふれまはして、伊勢武者の宿直してありけるに、「かかることのあるぞ。人々渡りて、聞かむずるに、あなかしこ、鶯うちなんどして、やるな」といひければ、この男、「なじかは遣はし候はむ」といふ。輔親、「とく夜の明けよかし」と待ち明かして、いつしか起きて、寝殿の南面をとりしつらひて、営みゐたり。
辰の時ばかりに、時の歌よみども集まり来て、いまや鶯鳴くと、うめきすめきしあひたるに、さきざきは巳の時ばかり、必ず鳴くが午の刻の下がりまで見えねば、「いかなら②む」と思ひて、この男を呼びて、「いかに、鶯のまだ見えぬは。今朝はいまだ来ざりつるか」と問へば、「鶯のやつは、さきざきよりもとく参りて侍りつるを、帰りげに候ひつるあひだ、召しとどめて」といふ。「召しとど③むとは、いかん」と問へば、「取りて参ら④む」とて立ちぬ。
「心も得ぬことかな」と思ふほどに、木の枝に鶯を結ひつけて、持て来たれり。
(中略)
興さ⑤むるなどは、こともおろかなり。
(『十訓抄』)
問 傍線部①・②・③・④・⑤の「む」のうち、文法上同じ意味を持つ助動詞の組み合わせとして最も適切なものを、次の中から一つ選べ。
ア ①―② イ ①―④ ウ ②―④ エ ③―⑤ オ ④―⑤
(東洋大学 2013年)
練習問題2の解説
では、まず①の「む」から分析しましょう。
この「む」は前の文章の現代語訳から判断します。前の文章は、「小松を長く植えた」ということが書いてあり、松を植えたのは、この話の中心人物である輔親であることが分かります。そして、寝殿の南の廂を輔親がどうしたのかというのが、「月の光入れむ」の所になります。「月の光を入れよう」ということになりますので、①の「む」の意味は、「意志」になります。
次に②の「む」ですが、「いかならむ」はよく使われる言い回しで「どうしたのだろうか・どうだろうか」と訳します。ここでは、いつもやってくる鶯が正午になってもやってこないので、「鶯はどうしたのだろうか」と心配していることになります。②の「む」の意味は「推量」になります。
次に③の「む」ですが、輔親と男の会話のやりとりから判断します。男が鶯を「召し留めています」という意味の分からない事を言っているので、輔親は「鶯を召し留めるということは、どういうことだ」と仮定の話聞いています。よって、③の「む」の意味は「仮定」になります。
次に④の「む」ですが、男が呼び留めている鶯を「自分が取ってきて輔親に差し上げる」と言っていますので、「差し上げよう」という意志になります。よって、④の「む」の意味は「意志」になります。
最後に⑤の「む」ですが、「さむる」で一つの言葉になります。「さむる」はマ行下二段動詞「醒む」の連体形です。よって、⑤の「む」の意味は「動詞の一部」となります。
練習問題2の正解:イ ①―④
問題文の現代語訳
春の始めに軒先の梅の枝に、鶯が決まって、午前10時ぐらいに来て鳴くことを、めったにないことだと思って、それを愛でること以外なかった。今を時めく歌人たちに、「このようなことがございました」言いまわって、「明日の午前八時頃に行って、鳴き声をお聞きください。」とふれまわって、伊勢武者で宿直していた者に、「明日このようなことがあるぞ。人々が来て、鳴き声を聞くだろうから、決して鶯を追いやったりするな」と言ったので、この男は「どうして鶯をよそへやったりいたしましょうか」と言った。輔親は「はやく夜が明けてくれ」と待ち明かして、早く起きて、寝殿の南面を飾り付けて、作り整えた。
午前八時ぐらいに、今と時めく歌人たちが集まってきて、今まさに鶯が鳴くと、苦吟しあっている時に、以前は午前10時ぐらいに必ず鶯が鳴いていたが、正午過ぎまで、やってこないので、輔親は「どうしたのだろう」と思い、この男を呼んで、「どうして鶯がまだ見えないのか。今朝はまだ来ていないのか」と尋ねれば、男は「鶯の奴は、以前よりもはやく参ってございましたが、帰ってしまいそうな様子をしておりましたので、呼び留めています」と言った。「呼び留めるということとは、どのようなことか」と尋ねれば、「取ってきて差し上げましょう」と言って、立ち去った。
輔親が「よく分からないことだ」と思っていた所、男は木の枝に鶯を結びつけて、持ってきた。
(中略)
興ざめることは、言うまでもないことだ。
いかがでしたでしょうか。
助動詞の「む」は、助動詞の「べし」と同様に主語が何人称かで、種類を見分けることができます。
しかし、古文の主語が省略されることが多いため、結局該当箇所を訳してみて考えなければなりません。
物語や会話の流れを踏まえて、その箇所の主語が何かを推測し、その人称にふさわしい「む」の意味を考えるということが必要になってきますので、日頃から訳す力をつけておきましょう。