では、前回の続きの2011年の文学部の古文の入試問題の後半の部分を学習します。
後半の文章と問題は以下の通りです。
後半の本文
次の文章を読んで、後の問に答えなさい。
その遺言を母北の方忘れたまふべきにはあらねども、④ものもおぼえでおはしければ、思ふに人のしたてまつりてけるにや、枕がへし【注6】なにやと、例のやうなるありさまどもにしてければ、⑤えかへりたまはずなりにけり。のちに、母北の方の御夢にみえたまへる、
しかばかり⑥ちぎりしものを渡り川かへるほどにはわするべしやは
とぞよみたまひける、いかにくやしくおぼしけむな。
さて後ほどへて、賀縁(がえん)阿闍梨(あざり)【注7】と申す僧の夢に、この君たち二人おはしけるが、兄前少将いたうもの思へるさまにて、この後少将はいと心地よげなるさまにておはしければ、阿闍梨、「君は、など心地よげにてはおはする。母上は、君をこそ、兄君よりはいみじう恋ひきこえたまふめれ」と聞こえければ、⑦いとあたはぬさまのけしきにて、
⑧しぐれとは蓮(はちす)の花ぞ散りまがふなにふるさとに袖ぬらすらむ
など、うちよみたまひける。
(『大鏡』「太政大臣伊尹」)
【注】 注6 枕がへしー死者を北枕にすること。
注7 賀縁阿闍梨-三井寺の僧侶の名。
後半の設問
(設問は後半の部分のものを載せています。そのため、実際の設問の順序と異なります。)
問三 傍線④「ものもおぼえでおはしければ」とは、北の方のどのような様子を表現しているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
ア 記憶が不確かな年齢になっている様子
イ 自暴自棄になって投げやりな様子
ウ 他人任せで関知していない様子
エ 葬儀が続いて混乱している様子
オ 悲しみにくれて茫然自失の様子
問四 傍線⑤「えかへりたまはずなりにけり」を平易な現代文に改めなさい。
問五 傍線⑥「ちぎりし」とあるが、どのようなことを「ちぎ」ったというのか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
ア 作法どおりに葬儀を行わないことを
イ 他人に葬儀の準備を任せないことを
ウ 自分の夢枕に立ってくれることを
エ かならず極楽往生することを
オ 仏道の儀礼に従った葬送を
カ 法華経読誦の本意貫徹を
問六 傍線⑦「いとあたはぬさまのけしきにて」とはどのような意味か、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
ア まったく納得のいかない様子で
イ かなりあわてふためいた仕草で
ウ とても耐えられない悪天候で
エ 以前とはまるで異なる服装で
オ たいそうすぐれない顔色で
問七 傍線⑧「しぐれとは蓮の花ぞ散りまがふ」とは、どのようなことを伝えようとしているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
ア 悪いことばかりが続くわけではないということ
イ 自分が極楽にいて満足しているということ
ウ 母の涙で自分が救われるということ
エ ちぐはぐな対応をされたこと
オ 仏道が世に行われること
後半の設問の解説
では、問三の内容読解の問題から見ていきましょう。
この問題は、傍線④の文章の中で、ある一文字の意味が分からないと解けない問題です。その一文字とは接続助詞の「で」です。接続助詞の「で」は「~ないで」という否定の意味がある助詞で、入試ではよく問われる言葉です。ですから、傍線④の前半の訳は「物を覚えていないで」という意味になります。後半の「おはしければ」は、「おはし」が「いらっしゃる」という意味の尊敬語で、「けれ」は過去の助動詞になります。「おはし」は重要単語ですので、「で」と同じく覚えておきましょう。傍線全部を訳すと「物を覚えていないでいらっしゃったので」となります。では、母北の方はなぜ物を覚えていなかったのか。それの原因を考えるのが、問三の問題となっています。原因を探ってみると、本文の前半に自分の子どもが天然痘で朝に長男が亡くなって、夕方に次男が亡くなったとありますので、そのショックで物を覚えていられなくなったということが分かります。それにふさわしい選択肢は、オの「悲しみにくれて茫然自失の様子」になります。
問三の正解:オ 悲しみにくれて茫然自失の様子
次に、問四の現代語訳の問題を見てみましょう。基本的に大学入試の現代語訳をさせる問題は重要単語や表現があります。今回は、「え~ず」と「にけり」です。「え~ず」は「~できない」という意味で、「にけり」は「~してしまった」という意味です。両方とも他の大学の記述問題で出ていますので、覚えましょう。「かえり」は「生き返る」、「たまは」は、尊敬語です。よって、訳は「生き返りなさることができなくなってしまった」となります。
問四の正解:生き返りなさることができなくなってしまった
次に、問五の「ちぎり」の内容を選ぶ問題ですが、大前提として「ちぎり」の意味が分からないといけません。「ちぎり(契り)」は、「約束」という意味の重要単語で、板野先生のゴロの古文単語集に載っていますので、覚えておきましょう。あとは、傍線⑥がある「しかばかり」の和歌は、後少将義孝が詠んだ和歌ですので、義孝が母親と約束した内容を探せばよいということになります。義孝が母と約束したことは、本文の前半部にある義孝の発言「おのれ死にはべりぬとも、とかく例のやうにせさせたまふな(私が死んでしまいましても、あれこれといつもの葬儀の作法のようになさいますな)」になりますので、それにふさわしい選択肢を探すと、アの「作法どおりに葬儀を行わないこと」が正解となります。ちなみに、「例の」は「いつもの」という意味の重要単語で、これが分からないと解くのは難しいと思います。
問五の正解: ア 作法どおりに葬儀を行わないことを
次に、問六の現代語訳の問題ですが、この問題は「あたふ」という古語が分かるかがポイントとなりますが、「あたふ」は重要単語ではないので、受験生で分かる人はあまりいないでしょう。「あたふ」は「納得する」という意味です。しかし、実は「あたふ」が分からなくても、今回正解に行き着くことができます。「けしき」という重要単語です。「けしき」は「様子」という意味です。「様子」という言葉を使っている選択肢は一つしかありません。アは最後が「様子で」となっていますので、これが答え。
問六の正解:ア まったく納得のいかない様子で
最後に、問七の和歌の解釈の問題を見てみましょう。この問題はかなり難しいです。というのも、和歌というものは自分の思いを何かに喩えたりすることが基本であり、今回はその喩えが何を表しているかと分析しなければならないからです。
今回は上の句の「しぐれとは蓮の花ぞ散りまがふ」から選択肢を探すよりも、下の句の「なにふるさとに袖ぬらすらむ」と、この和歌を詠んだ後少々義孝の様子「いと心地よげなるさま」から分析する方が、よいかと思います。「いと心地よげなるさま」は「とても気持ちがよさそうな様」という意味で、「なにふるさとに袖ぬらすらむ」は「どうして故郷の人は袖を涙で濡らしているのだろうか」という意味になります。「故郷の人」とは母のことで、自分は気持ちがすごくいいのにどうして、母は泣いているのだろうかと思っているということになります。義孝は死んでいますので、気持ちがいいということは、極楽にいるということになり、答えはイとなります。
問七の正解:イ 自分が極楽にいて満足しているということ
スポンサーリンク
現代語訳
その遺言を、母北の方がお忘れになるはずもないが、悲しみのあまり色々なことを覚えていられなくなっていらっしゃったので、おそらくお側の人々がして差し上げたのだろうか、死者を北枕に直したりなどなんやかんやと、いつものような作法にしてしまったので、義孝は、⑤生き返りなさることができなくなってしまった。後に、義孝は母北の方の夢の中に現れなさって、
「しかばかり」の和歌―あれほどお約束しておきましたのに、私が三途の川から帰ってくるわずかな間に、約束を忘れてしまったのでしょうか。
とお詠みになりましたが、どんなに無念にお思いになられたことだろうか。
その後、しばらく経って、賀縁阿闍梨という僧の夢に、この兄弟二人がいらっしゃったが、兄君の前少将がひどく物思いに沈んでいる様子でしたが、一方、弟の後少将はとても気持ちよさそうな様子でいらっしゃったので、阿闍梨が、「あなたはどうして気持ちよさそうにしていらっしゃるのですか。母上は、あなたを兄君よりはたいそう恋しく差し上げているようですよ」と申し上げたところ、後少将は⑦とても納得のいかない様子で、
「しぐれとは」の和歌―私が住む極楽浄土では、時雨とは蓮の花が散り乱れるさまを言うのですよ。それなのに母上は故郷にいて、どうして涙の時雨に袖を濡らしておられるのでしょうか。
などと、お詠みになった。
いかがでしたでしょうか。
問七の和歌の問題はかなりの難問で、私自身も「時雨」が「蓮の花が散り乱れる」ことを指すことを今回初めて知りました。問五も難しいと思われますので、問一・問二の文法問題、問四・問六の現代語訳の問題をきちんと間違えずに正解すれば、合格できるのではないかと思われます。
おお、倉橋、御苦労。
じゃ、わしは丁に行くので、御免。
行くの早。
感想もないのですか…。
ああ、行ってしまった…。寒いので、私も家に入ろう。