では、「安元の大火」の前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
本文
吹き迷ふ風に、とかく移りゆくほどに、扇を広げたる【注1】がごとく【注2】、末広になりぬ【注3】。遠き家は煙にむせび、近きあたりはひたすら炎を地に吹きつけたり【注4】。空には灰を吹きたてたれ【注5】ば、火の光に映じ【注6】て、あまねく【注7】紅なる【注8】中に、風に堪へず【注9】、吹き切られたる【注10】炎、飛ぶがごとくして、一、二町を越えつつ移りゆく。その中の人、うつし心【注11】あらんや【注12】。あるいは煙にむせびて倒れ臥し、あるいは炎にまぐれ【注13】てたちまちに死ぬ。あるいは身一つ辛うじてのがるるも、資財【注14】を取り出づるに及ばず【注15】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 広げたる | ガ行下二段動詞「広ぐ」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。意味は「広げた」。 |
2 ごとく | 比況の助動詞「ごとし」の連用形。意味は「~ようだ」。 |
3 なりぬ | ラ行四段動詞「なる」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。意味は「なった」。 |
4 吹きつけたり | カ行下二段動詞「吹きつく」の連用形+存続の助動詞「たり」の終止形。意味は「吹きつけている」。 |
5 吹きたてたれ | タ行下二段動詞「吹きたつ」の連用形+存続の助動詞「たり」の已然形。意味は「吹き舞い上がらせている」。 |
6 映じ | サ変動詞「映ず」の連用形。意味は「照り映える」。 |
7 あまねく | ク活用の形容詞「あまねし」の連用形。意味は「すみずみまで広くいきわたっている」。 |
8 なる | 断定の助動詞「なり」の連体形。 |
9 堪へず | ハ行下二段動詞「堪ふ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。意味は「堪えられない」。 |
10 切られたる | ラ行四段動詞「切る」の未然形+受身の助動詞「る」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。意味は「ちぎられた」。 |
11 うつし心 | 名詞。意味は「正気」。 |
12 あらんや | ラ変動詞「あり」の未然形+推量の助動詞「ん」の終止形+反語の係助詞「や」。意味は「あるだろうか(いやない)」。 |
13 まぐれ | ラ行下二段動詞「まぐる」の連用形。意味は「目がくらんで倒れる」。 |
14 資財 | 名詞。意味は「財産」。 |
15 及ばず | バ行四段動詞「及ぶ」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。意味は「及ばない」。 |
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現代語訳
吹き乱れ迷う風のために、あちこちと燃え移っていくうちに、扇を広げたように末に広がった形に燃え広がった。遠くの家では煙にむせび、(火に)近い所ではただただ(風が)炎を地面に吹きつけている。空には灰を吹き舞い上がらせているので、火の光に照り映えて、隅々まで真っ赤である中に、風に堪えられず、吹きちぎられた炎が、飛ぶようにして、一町も二町も飛び越えて燃え移っていく。そうした状況の中で人は、正気でいられるだろうか(いや正気でいられない)。ある者は煙にむせて倒れ伏し、ある者は炎に目がくらんで倒れてたちまち死んでしまう。ある者は身ひとつで、辛うじて逃げたものの、財産を持ち出すことまでには及ばない。
いかがでしたでしょうか。
この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。
・注12「あらんや」は品詞分解と現代語訳ができるようにしておきましょう。
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