では、「海幸山幸」の前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
本文
ここに火遠理命【注1】、その婢【注2】を見て、「水を得まくほし【注3】。」と乞ひたまひき【注4】。婢、すなはち【注5】水をくみて、玉器【注6】に入れてたてまつりき【注7】。ここに水を飲まさず【注8】て、御頸の璵【注9】を解きて口に含みて、その玉器に唾き入れたまひき【注10】。ここにその璵、器に著き【注11】て、婢、璵をえ離たず【注12】。かれ【注13】、璵著ける【注14】まにまに【注15】豊玉毘売命【注16】にたてまつりき【注17】。ここにその璵を見て、婢に問ひていはく、「もし、人、門の外にありや【注18】。」と言へば、答へてまをさ【注19】く、「人ありて我が井の上の香木の上にいます【注20】。いとうるはしき【注21】壮夫【注22】にます【注23】。我が王にまし【注24】て、いと貴し【注25】。かれ、その人水を乞はす【注26】ゆゑに水をたてまつれ【注27】ば、水を飲まさずて、この璵を唾き入れたまひき。これえ離たず。かれ、入れし【注28】まにまに持ち来【注29】てたてまつりぬ【注30】。」とまをしき【注31】。ここに豊玉毘売命、あやし【注32】と思ひて、出で見て、すなはち見感で【注33】て目合【注34】して、その父にまをし【注35】ていはく、「吾が門にうるはしき人あり。」とまをしき【注36】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 火遠理命 | 名詞。山幸。読みは「ほおりのみこと」。 |
2 婢 | 名詞。貴人につき従う女のこと。読みは「まかたち・まかだち」。 |
3 まくほし | 連語。推量の助動詞「む」のク語法「まく」にシク活用の形容詞「ほし」が付いたもの。意味は「~したい」。 |
4 乞ひたまひき | ハ行四段動詞「乞ふ」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「求めなさった」。「たまひ」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。 |
5 すなはち | 副詞。意味は「すぐに」。 |
6 玉器 | 名詞。美しい器のこと。読みは「たまもい」。 |
7 たてまつりき | ラ行四段動詞「たてまつる」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「差し上げた」。「たてまつり」は謙譲語で、火遠理命に対する敬意。 |
8 飲まさず | マ行四段動詞「飲む」の未然形+尊敬の助動詞「す」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。意味は「お飲みにならない」。火遠理命に対する敬意。 |
9 御頸の璵 | 連語。火遠理命の首飾りの宝玉のこと。読みは「みくびのたま」。 |
10 唾き入れたまひき | ラ行下二段動詞「唾き入る」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「吐き入れなさった」。「たまひ」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。 |
11 著き | カ行四段動詞「著(つ)く」の連用形。意味は「くっ付く」。 |
12 え離たず | 副詞「え」+タ行四段動詞「離つ」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。意味は「離すことができない」。 |
13 かれ | 接続詞。意味は「それで・そこで」。 |
14 著ける | カ行四段動詞「著く」の已然形+存続の助動詞「り」の連体形。意味は「くっ付いている」。 |
15 まにまに | 副詞。意味は「~のままに」。 |
16 豊玉毘売命 | 名詞。海の神の娘。読みは「とよたまびめのみこと」。 |
17 たてまつりき | ラ行四段動詞「たてまつる」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「差し上げた」。「たてまつり」は謙譲語で、豊玉毘売命に対する敬意。 |
18 ありや | ラ変動詞「あり」の終止形+係助詞「や」。意味は「いるのか」。 |
19 まをさ | サ行四段動詞「まをす」の未然形。意味は「申し上げる」。「申す」の古形。謙譲語で、豊玉毘売命に対する敬意。 |
20 います | サ行四段動詞「います」の終止形。意味は「いらっしゃる」。「居る」の尊敬語で、火遠理命に対する敬意。 |
21 うるはしき | シク活用の形容詞「うるはし」の連体形。意味は「端正で美しい」。 |
22 壮夫 | 名詞。意味は「勇壮な男」。 |
23 にます | 断定の助動詞「なり」の連用形+サ行四段活用の補助動詞「ます」の終止形。意味は「~でいらっしゃる」。「ます」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。 |
24 まし | サ行四段動詞「ます」の連用形。意味は「勝る」。 |
25 貴し | ク活用の形容詞「貴し」の終止形。 |
26 乞はす | ハ行四段動詞「乞ふ」の未然形+尊敬の助動詞「す」の連体形。意味は「求めなさる」。火遠理命に対する敬意。 |
27 たてまつれ | ラ行四段動詞「たてまつる」の已然形。意味は「差し上げる」。謙譲語で、火遠理命に対する敬意。 |
28 入れし | ラ行下二段動詞「入る」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「入れた」。 |
29 持ち来 | カ変動詞「持ち来(く)」の連用形。 |
30 たてまつりぬ | ラ行四段動詞「たてまつる」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。意味は「差し上げた」。「たてまつり」は謙譲語で、豊玉毘売命に対する敬意。 |
31 まをしき | サ行四段動詞「まをす」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「申し上げた」。「まをし」は「申す」の古形。謙譲語で、豊玉毘売命に対する敬意。 |
32 あやし | シク活用の形容詞「あやし」の終止形。意味は「不思議だ」。 |
33 見感で | タ行下二段動詞「見感(みめ)づ」の連用形。意味は「感じ入る・見て心ひかれる」。 |
34 目合 | 名詞。意味は「目くばせ」。読みは「まぐわい・めくわせ」。 |
35 まをし | サ行四段動詞「まをす」の連用形。意味は「申し上げる」。「申す」の古形。謙譲語で、父に対する敬意。 |
36 まをしき | サ行四段動詞「まをす」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「申し上げた」。「まをし」は「申す」の古形。謙譲語で、父に対する敬意。 |
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現代語訳
そこで、火遠理命は、その侍女を見て、「水を手に入れたい。」と求めなさった。侍女はすぐに水を汲んで、美しい器に入れて、火遠理命に差し上げた。この時、火遠理命は水をお飲みにならず、首飾りの宝玉をほどして、口の中に入れて、美しい器に吐き入れなさった。すると、その宝玉が器にくっ付いて、侍女は宝玉を引き離すことができない。そこで、宝玉がくっついているまま、器を豊玉毘売命に差し上げた。さて、豊玉毘売命はその宝玉を見て、侍女に尋ねて言った。「もしかして、誰かが門の外にいるのですか。」と言ったところ、侍女が答えて申し上げた。「人がいて、私どもの井戸ほとりの桂の樹の上にいらっしゃいます。その人はとても端正で美しい勇壮な男性でいらっしゃいます。我が王にも勝して、とても高貴な方です。それで、その人が水を求めなさったゆえ、水を差し上げたところ、その人は水をお飲みにならず、この宝玉を吐き入れなさいました。これを引き離すことができません。そこで、入れたままで、持ってきて差し上げました。」と申し上げた。この時、豊玉毘売命は、不思議に思って、外に出て見て、すぐに心ひかれて、目くばせをして、父に申し上げて言った。「我らの門の所に端正で美しい人がいる。」と申し上げた。
いかがでしたでしょうか。
この部分で重要なところは以下の通りです。
・敬語表現は誰に対する敬意かが分かるようにしておきましょう(敬意の対象は、豊玉毘売命と火遠理命と父の三人です)。
・注24の「まし」は「勝る」という意味の動詞ですので、頻繁に出てくる「います」や「ます」と間違えないようにしましょう。
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