『古事記』「海幸山幸」の現代語訳と重要な品詞の解説4

では、「海幸山幸」の前回の続きの文章を見ていきましょう。

前回の解説はこちら。

『古事記』「海幸山幸」の現代語訳と重要な品詞の解説3

  
  

本文

 ここをもちて海の神、ことごとに【注1】海大小魚【注2】を召し集へて問ひていはく、「もしこの鉤を取れる【注3】ありや【注4】。」と言ひき【注5】かれ【注6】もろもろ【注7】の魚どもまをさ【注8】く、「このごろ赤海鯽魚【注9】、喉に【注10】ありて、物え食はず【注11】と愁へ言へり【注12】。かれ、必ずこれ取りつらむ【注13】。」とまをしき【注14】。ここに赤海鯽魚の喉を探れば、鉤あり。すなはち【注15】取り出でて清め洗ひて、火遠理命にたてまつりし【注16】時、そのわたつみの大神誨へ【注17】ていはく、「この鉤をもちてその兄にたまはむ【注18】時、言りたまはむ【注19】さまは、『この鉤は、おぼ鉤・すす鉤・貧鉤・うる鉤【注20】。』と言ひて、後手【注21】たまへ【注22】しかして【注23】その兄高田【注24】をつくらば、汝命【注25】下田【注26】つくりたまへ【注27】。その兄下田をつくらば、汝命は高田をつくりたまへ。しか【注28】したまは【注29】ば、吾水を掌れる【注30】ゆゑに、三年の間に必ずその兄貧窮しくなりなむ【注31】。もしそれ、しかしたまふ【注32】ことを恨怨みて攻め戦はば、塩盈珠【注33】をいだして溺らし、もしそれ、愁へ請はば、塩乾珠【注34】をいだして活かし、かくなやまし苦しめたまへ【注35】。」と言ひて、塩盈珠・塩乾珠あはせて両箇【注36】を授けて、すなはちことごとに和邇魚【注37】を召し集へて問ひていはく、「今、天津日高の御子、虚空津日高、上つ国に出幸でまさむ【注38】したまふ【注39】。たれか幾日に送りまつり【注40】て、【注41】奏さむ【注42】。」と言ひき。

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 ことごとに 副詞。意味は「すべて」。
2 海大小魚 名詞。意味は「海の大小の魚」。
3 取れる ラ行四段動詞「取る」の已然形+完了の助動詞「り」の連体形。意味は「取った」。
4 ありや ラ変動詞「あり」の終止形+係助詞「や」。意味は「いるのか」。
5 言ひき ハ行四段動詞「言ふ」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「言った」。
6 かれ 接続詞。意味は「それで・そこで」。
7 もろもろ 名詞。意味は「すべて」。
8 まをさ サ行四段動詞「まをす」の未然形。意味は「申し上げる」。「申す」の古形。謙譲語で、海の神に対する敬意。
9 赤海鯽魚 名詞。鯛のこと。読みは「たい」。
10 鯁 名詞。のどに刺さった魚の骨のこと。読みは「のぎ」。
11 え食はず 副詞「え」+ハ行四段動詞「食ふ」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。意味は「食べることができない」。
12 言へり ハ行四段動詞「言ふ」の已然形+完了の助動詞「り」の終止形。意味は「言っていた」。
13 取りつらむ ラ行四段動詞「取る」の連用形+確述(強意)の助動詞「つ」の終止形+現在推量の助動詞「らむ」の終止形。意味は「今頃取っているだろう」。
14 まをしき サ行四段動詞「まをす」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「申し上げた」。「まをし」は謙譲語で、海の神に対する敬意。
15 すなはち 副詞。意味は「すぐに」。
16 たてまつりし ラ行四段動詞「たてまつる」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「差し上げた」。「たてまつり」は「与ふ」の謙譲語で、火遠理命に対する敬意。
17 誨へ ハ行下二段動詞「誨(おし)ふ」の連用形。意味は「教える」。
18 たまはむ ハ行四段動詞「たまふ」の未然形+婉曲の助動詞「む」の連体形。意味は「お与えになるような」。「たまは」は「与ふ」の尊敬語で、火遠理命に対する敬意。

「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「む(ん)」の識別の解説

19 言りたまはむ ラ行四段動詞「言(の)る」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の未然形+婉曲の助動詞「む」の連体形。意味は「おっしゃるような」。「たまは」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。
20 おぼ鉤・すす鉤・貧鉤・うる鉤 名詞。それぞれ、「ぼんやりする釣り針」・「心がせき立つ釣り針」・「貧しくなる釣り針」・「愚かになる釣り針」のこと。
21 後手 名詞。後ろに手をまわすこと。読みは「しりえで」。
22 たまへ ハ行四段動詞「たまふ」の命令形。意味は「お与えになってください」。「たまへ」は「与ふ」の尊敬語で、火遠理命に対する敬意。
23 しかして 接続詞。意味は「それから・そうして」。
24 高田 名詞。高地の田んぼのこと。
25 汝命 名詞。火遠理命のこと。読みは「いみしみこと・ながみこと」。
26 下田 名詞。低地の田んぼのこと。
27 つくりたまへ ラ行四段動詞「つくる」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の命令形。意味は「お作りになってください」。「たまへ」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。
28 しか 副詞。意味は「そのように」。
29 したまは サ変動詞「す」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の未然形。意味は「しなさる」。「たまは」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。
30 掌れる ラ行四段動詞「掌(し)る」の已然形+存続の助動詞「り」の連体形。意味は「治めている」。
31 なりなむ ラ行四段動詞「なる」の連用形+確述(強意)の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「む」の終止形。意味は「きっとなるだろう」。

「なむ」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「なむ」の識別の解説

32 したまふ サ変動詞「す」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の連体形。意味は「しなさる」。「たまふ」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。
33 塩盈珠 名詞。潮が満ちる珠のこと。読みは「しおみちのたま・しおみつたま」。
34 塩乾珠 名詞。潮を引かす珠のこと。読みは「しおひのたま・しおふるたま」。
35 苦しめたまへ マ行下二段動詞「苦しむ」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の命令形。意味は「苦しめなさってください」。「たまへ」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。
36 両箇 名詞。読みは「ふたつ」。
37 和邇魚 名詞。ワニのこと。サメとする説もある。読みは「わに」。
38 出幸でまさむ サ行四段動詞「出幸(い)でます」の未然形+意志の助動詞「む」の終止形。意味は「出発なさろう」。「出幸でます」は「出づ」の尊敬語で、火遠理命に対する敬意。
39 したまふ サ変動詞「す」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の終止形。意味は「しなさる」。「たまふ」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。
40 送りまつり ラ行四段動詞「送る」の連用形+ラ行四段活用の補助動詞「まつる」の連用形。意味は「送り差し上げる」。「まつり」は謙譲語で、火遠理命に対する敬意。
41 覆 名詞。使いの者が帰って報告する言葉のこと。読みは「かえりごと」。
42 奏さむ サ行四段動詞「奏す」の未然形+推量の助動詞「む」の連体形。意味は「奏上するだろう」。「奏さ」は「言ふ」の謙譲語で、海の神に対する敬意。「む」は係助詞「か」に呼応している。

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現代語訳

 これを聞いた海の神は、すべての海の大小の魚を呼び集めて話し尋ねて言った。「もしその釣り針を取った魚はいるのか。」と言った。そこで、すべての魚が申し上げた。「最近、鯛がのどに小骨がささって、食べ物が食べられないと嘆いて言っていた。それで、必ずそれを今頃取っているでしょう。」と申し上げた。そこで、鯛ののどを調べたところ、釣り針があった。すぐに取り出して、清めて洗い、火遠理命に差し上げた時に、わたつみの神が教えて言った。「この釣り針を兄にお与えになるような時、おっしゃるような様は、『この釣り針は、ぼんやりする釣り針、心がせき立つ釣り針、貧しくなる釣り針、愚かになる釣り針』と言って、後ろに手をまわしてお与えになってください。それから、兄が高地に田んぼを作ったなら、あなた様は低地に田んぼをお作りになってください。兄が低地に田んぼを作ったなら、あなた様は高地に田んぼをお作りになってください。そのようにしなさったなら、私は水を治めているゆえ、三年の間に必ず兄はきっと貧しくなるでしょう。もしそれで、そのようにしなさったことを恨んで攻めて向かってくるなら、塩盈珠を出して、溺れさせ、もし嘆いて許しを乞うなら、塩乾珠を出して、生かしこのように悩まし苦しめなさってください。」と言って、塩盈珠と塩乾珠を合わせて二つを授けて、すぐにすべてのワニを呼びあつめて尋ねて言った。「今、天津日高の御子の虚空津日高が、上つ国に出発なさろうとしなさる。誰が何日で送り差し上げて、私に報告を奏上するだろうか。」と言った。

  

いかがでしたでしょうか。

この部分で重要なところは以下の通りです。

  

 

・助動詞が二つ組み合わされている箇所は意味と現代語訳が分かるようにしておきましょう(注13・31)

・助動詞の「む」の意味が見分けられるようにしておきましょう(注18・19→婉曲、注31・42→推量、注38→意志

  

続きは以下のリンクからどうぞ。

『古事記』「海幸山幸」の現代語訳と重要な品詞の解説5

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