『忍音(しのびね)物語』「偽りの別れ」の現代語訳と重要な品詞の解説3

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前回の解説はこちら。

『忍音(しのびね)物語』「偽りの別れ」の現代語訳と重要な品詞の解説2

本文

 あやふく【注1】て、「ただ今、まづいづく【注2】までも具して【注3】おはせよ【注4】。」とて、恥のこともおぼえず【注5】、中納言に取りつきて離れ給はね【注6】ば、心苦しく【注7】、かなしさせん方なく【注8】て、「すかし【注9】奉る【注10】ことはあるまじ【注11】。いづくまでも身に添ふべき【注12】ものなれ【注13】ば、これをとどめ【注14】侍らん【注15】。」とて、御数珠・扇を置き給ふ。いとど【注16】あやし【注17】と思ひ給ひて、せん方なくて泣き給へば、情けなく振り捨て【注18】て、いかでか【注19】出で給ふ【注20】べきなれ【注21】ば、とかくこしらへ【注22】給ふ【注23】ほどに、夜も明け方になりぬ【注24】
 「はしたなく【注25】ならぬ【注26】ほどに出で侍りて、暮れはとく【注27】御迎へに参らん【注28】。たとへ具し奉るとも、明かくなれ【注29】ばいと見苦しからん【注30】。またさりとて【注31】、このままあるべき【注32】ならず【注33】さやうに【注34】用意して待ち給へ【注35】。」と、まことしく【注36】言ひ教へて出で給ふ。

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 あやふく ク活用の形容詞「あやふし」の連用形。意味は「気がかりだ」。
2 いづく 代名詞。意味は「どこ」。
3 具し サ変動詞「具す」の連用形。意味は「連れていく」。
4 おはせよ サ変動詞「おはす」の命令形。「居る」の尊敬語。意味は「いらっしゃる」。
5 おぼえず ヤ行下二段動詞「おぼゆ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。意味は「考えず」。
6 給はね ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の未然形+打消の助動詞「ず」の已然形。意味は「~なさらない」。
7 心苦しく シク活用の形容詞「心苦し」の連用形。意味は「つらい」。
8 せん方なく ク活用の形容詞「せん方なし」の連用形。意味は「どうしようもない」。
9 すかし サ行四段動詞「すかす」の連用形。意味は「だます」。
10 奉る ラ行四段活用の補助動詞「奉る」の連体形。謙譲語。意味は「差し上げる」。
11 あるまじ ラ変動詞「あり」の連体形+打消意志の助動詞「まじ」の終止形。意味は「あるまい」。
12 べき 当然の助動詞「べし」の連体形。
13 なれ 断定の助動詞「なり」の已然形。
14 とどめ マ行下二段動詞「とどむ」の連用形。意味は「残して置く」。
15 侍らん ラ変動詞「侍り」の未然形+意志の助動詞「ん」の終止形。意味は「~しましょう」。
16 いとど 副詞。意味は「いっそう」。
17 あやし シク活用の形容詞「あやし」の終止形。意味は「不審だ」。
18 振り捨て ダ行下二段動詞「振り捨つ」の連用形。
19 いかでか 連語。「か」は係助詞。意味は「どうして」。
20 出で給ふ ダ行下二段動詞「出づ」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の終止形。意味は「出て行きなさる」。
21 べきなれ 可能の助動詞「べし」の連体形+断定の助動詞「なり」の已然形。
22 こしらへ ハ行下二段動詞「こしらふ」の連用形。意味は「なだめすかす」。
23 給ふ ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連体形。尊敬語。
24 なりぬ ラ行四段動詞「なる」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。意味は「なってしまった。」
25 はしたなく ク活用の形容詞「はしたなし」の連用形。意味は「みっともない」。
26 ならぬ ラ行四段動詞「なる」の未然形+打消の助動詞「ぬ」の連体形。意味は「ならない」。
27 とく ク活用の形容詞「とし」の連用形。意味は「早く」。
28 参らん ラ行四段動詞「参る」の未然形+意志の助動詞「ん」の終止形。意味は「参ろう」。
29 明かくなれ ク活用の形容詞「明かし」の連用形+ラ行四段動詞「なる」の已然形。意味は「明るくなる」。
30 見苦しからん シク活用の形容詞「見苦し」の未然形+推量の助動詞「ん」の終止形。
31 さりとて 接続詞。意味は「そうであっても」。
32 あるべき ラ変動詞「あり」の連体形+適当の助動詞「べき」の連体形。意味は「いるのがよい」。
33 ならず 断定の助動詞「なり」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。
34 さやうに ナリ活用の形容動詞「さやうなり」の連用形。意味は「そのよう」。
35 給へ ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の命令形。尊敬語。
36 まことしく シク活用の形容詞「まことし」の連用形。意味は「本当らしい」。

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現代語訳

 姫君はそれでも気がかりで、「今、どこまでも連れていらしゃってください。」と言って、恥を考えず中納言に取り付いて離れなさらないので、中納言はつらく、悲しみがどうしようもなくなって、「だまし差し上げることはありますまい。(その証拠として)どこまでも身に着けるべきものである、これをここに置いていきましょう。」と数珠と扇を置きなさった。姫君はいっそう不審に思いなさって、どうしようもなく泣きなさったので、「無情に振り捨てて、どうして出て行きなさることができようか」という状態であったので、中納言はあれこれなだめすかしなさるうちに、夜が明けてしまった。
 中納言はみっともなくならないうちにここを出まして、夕方に早くお迎えに参りましょう。たとえお連れ差し上げるとしても、明るくなると、とてもみっともないでしょう。また、そうかと言って、このまま(私がここに)いるのがよいのでもありません。先ほど述べたように(抜け出す)準備をしてお待ちになってください。」と、本当らしく言って教えて(部屋を)出なさった。

いかがでしたでしょうか。
中納言と姫君の迫真のやり取りが見られる場面ですが、まだ別れておりません。次回やるところが、二人の別れのシーンですので、そちらを楽しみにしていてください。

『忍音(しのびね)物語』「偽りの別れ」の現代語訳と重要な品詞の解説4

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