『沙石集』「猿、恩を知ること」の現代語訳と重要な品詞の解説1

お断り:この記事には、最初に倉橋先生とゆかいな仲間たちの戯れがあります。お急ぎの方は、上にある目次の見たい項目をクリックすると、その解説に飛びますので、そちらをご利用ください。なお、解説は真面目にしております。
 
 
 
御免下さい。
 
 
 
 
はい。どちら様でしょうか?
 
 
 
 
 
 
私、先日助けられた猿です。
尼君様、いらっしゃいます
でしょうか?
 
 
 
 
 
えっと、我が家は妻と息子の
三人暮らしで、尼君様という
方はおりませんが…。どこかの
家と勘違いされているのでは
ないでしょうか?
 
 
 
いいえ。尼君様からいただいた
紙にはここの住所が
書いております。
ここに居るはずです。
会わせてください。
 
 
 
 
お猿さん、申し訳ないのですが
ここには尼君様はおりません。
他をお探しになった方が
よいと思います。
 
 
 
 
 
どうして会わせて
くれないのですか?
私が猿だからですか?
早く会わせないと、
この角棒でたたきますよ。
 
 
 
 
そんな無茶苦茶な…。ここには
居ないから会わせられないのに…。
うーん。仕方ないから一緒に
探してあげますよ。
尼君様は、どんな方ですか?
 
 
 
 
ふふふ。
聞いちゃいましたね?
私と尼君のエピソードを…。
 
 
 
 
ん?
前に、このパターンあったなー。
確か『しのびね物語』の時の
御公家様だったけ?
 
 
 
 
あっ、それ、私の師匠です。
無理やり講談聞かせて、
金ふんだくるの、
師匠から学んだんです。
 
 
 
 
 
えっ?
てことは、これから
お金取るの?
勘弁して下さい。
 
 
 
 
いいえ。
きっちりいただきますからね!
では、「猿、恩を知ること」
お聞きくださーい。
 
 

本文

 中ごろ【注1】、伊豆の国のある所の地頭【注2】に、若き【注3】ありけり【注4】。狩りしける【注5】ついで【注6】に、猿を一匹生け捕りにして、これを縛りて家の柱に結ひ付けたりける【注7】を、彼の母の尼公【注8】、慈悲ある人にて【注9】、「あらいとほし【注10】いかに【注11】わびしかるらん【注12】。あれ解き許して、山へやれ。」と言へども、郎等、冠者【注13】ばら、主の心を知りて、おそれてこれを解かず【注14】。「いで【注15】さらば我解かん【注16】。」とて、これを解き許して、山へやりぬ【注17】
 これは春の事なりける【注18】に、夏、覆盆子【注19】のさかりに、覆盆子を柏の葉につつみて、隙をうかがひて、この猿、尼公にわたしけり【注20】。あまりにあはれに【注21】いとほしく【注22】思ひて、布の袋に、大豆を入れて、猿にとらせつ【注23】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 中ごろ 名詞。意味は「そう遠くない昔」。
2 地頭 名詞。鎌倉時代、幕府が公領や荘園に置いて管理をさせた役職名。
3 若き ク活用の形容詞「若し」の連体形。
4 ありけり ラ変動詞「あり」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。
5 しける サ変動詞「す」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。
6 ついで 名詞。意味は「おり・機会」。
7 結び付けたりける カ行下二段動詞「結び付く」の連用形+存続の助動詞「たり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。
8 尼公 名詞。尼となった高貴な女性のこと。読みは「にこう」。
9 にて

断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。意味は「~であって」。

「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「にて」の識別の解説

10 いとほし シク活用の形容詞「いとほし」の終止形。意味は「かわいそうだ・気の毒だ」。
11 いかに 副詞。意味は「どんなに」。
12 わびしかるらん シク活用の形容詞「わびし」の連体形+現在推量の助動詞「らん」の連体形。意味は「つらいだろう」。
13 郎等、冠者 共に名詞。郎等は「家来」。冠者は「召使の若者」。
14 解かず カ行四段動詞「解く」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。
15 いで 感動詞。意味は「さあ・どれ」。
16 解かん

カ行四段動詞「解く」の未然形+意志の助動詞「ん」の終止形。

「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「む(ん)」の識別の解説

17 やりぬ ラ行四段動詞「やる」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。
18 なりける 断定の助動詞「なり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。
19 覆盆子 名詞。「とっくりいちご」の慣用漢名。読みは「いちご」。
20 わたしけり サ行四段動詞「わたす」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。
21 あはれに ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形。意味は「かわいい・りっぱだ」。
22 いとほしく シク活用の形容詞「いとほし」の連用形。意味は「かわいい・いとしい」。
23 とらせつ ラ行四段動詞「とる」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形+完了の助動詞「つ」の終止形。

スポンサーリンク

現代語訳

 そう遠くない昔、伊豆の国のある所の地頭に、若い男がいた。狩りをしたおりに、猿を一匹生け捕りにして、これを縛って家の柱に結び付けていたのを、男の母の尼君が慈悲のある人であって、「ああかわいそうだ、どんなにつらいだろう。あれを解き放して、山へ逃がしてやりなさい。」と言ったが、家臣や召使の若者たちは、主人の心を理解して、恐れて猿を解放しない。「さあそれでは私が解こう。」と言って、これを解き放し、山へ逃がしてやった。
 これは春の事であったが、夏のとっくりいちごの盛りの時、とっくりいちごを柏の葉に包んで、(人がいない)隙をうかがって、この猿が、尼君に渡した。尼君はあまりにかわいく、いとしく思って、布の袋に、大豆を入れて、猿に取らせた。

いかがでしたでしょうか。
前半は、特に難しい文法事項はありません。
物語の流れに沿って、
主語をきちんと特定すれば、
難しい所はありません。

なるほど。
尼君は心の優しい
御方なのですね。
これで、話は終わりですか?

いやいや。
まだ続きがありますよー。

続きは以下のリンクからどうぞ。

『沙石集』「猿、恩を知ること」の現代語訳と重要な品詞の解説2

【桜川慈悲成作歌川豊国(初代)画『桃太郎大江山入』(寛政七年刊)を参考に挿入画を作成】

シェアする

スポンサーリンク