『沙石集』「三文にて歯二つ」の現代語訳と重要な品詞の解説

お断り:この記事には、最初に倉橋先生とゆかいな仲間たちの戯れがあります。お急ぎの方は、上にある目次の見たい項目をクリックすると、その解説に飛びますので、そちらをご利用ください。なお、解説は真面目にしております。
この記事で解決できること
・高1の1学期の中間で学習する動詞の種類と活用形が分かります。
・現代語訳が分かります。
・定期試験でよく聞かれる所が分かります。
  
  
御免下さい。
  
  
  
  
は~い。
どちら様ですか?
  
  
  
  
私、歯を取る唐人ですが、
歯、抜きませんか?
安くしますよ。
    
  
大丈夫です。
虫歯無いんで。
  
  
  
  
お侍さん。
遠慮しないで、
抜きましょうよ。
歯一本、2文ですよ。
  
  
  
  
結構です。
健康な歯を抜く人
なんていませんよ。
  
    
  
います、います。
この前も、歯二本で、
三文で抜きましたから。
  
  
  
  
ん??
そのような話、
『沙石集』に
あったような…。
  
  
  
聞きたーい。
その話、聞きたい!
  
  
  
  
分かりました。
お話ししましょう。
  
  

「三文にて歯二つ」本文

 南都【注1】に、歯取る【注2】唐人【注3】ありき【注4】。ある在家人【注5】慳貪【注6】して【注7】利養【注8】を先と【注9】ことに触れて【注10】商ひ心のみありて【注11】、徳もありける【注12】が、虫の食ひたる【注13】歯を取らせむ【注14】とて、唐人がもとに行きぬ【注15】。歯一つ取るには、銭二文に定めたる【注16】を、「一文にて取りてたべ【注17】。」と言ふ【注18】少分【注19】のことなれば【注20】、ただも取るべけれども【注21】心ざま【注22】の憎さに、「ふつと【注23】一文にては取らじ【注24】。」と言ふ。やや久しく【注25】論ずる【注26】ほどに、おほかた【注27】取らざりければ【注28】、「さらば、三文にて歯二つ取りたまへ【注29】。」とて、虫も食はぬ【注30】に、よき歯を取り添へて【注31】二つ取らせて【注32】、三文取らせつ【注33】。 心には利分【注34】とこそ思ひけめども【注35】【注36】なき歯を失ひぬる【注37】、大きなる損なり【注38】。これは、申すに及ばず【注39】、大きにおろかなること、をこがましき【注40】わざ【注41】なり。

「三文にて歯二つ」重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 南都 名詞。奈良のこと。京は「北都」。
2 取る ラ行四段動詞「取る」の連体形。「取る」の後に「唐人」という名詞(体言)があるので、連体形になる。
3 唐人 名詞。中国から来た人のこと。
4 ありき ラ変動詞「あり」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。「あり」の後に助動詞の「き」があるので、連用形になる。
5 在家人 名詞。意味は「出家をせずに、家で仏教に帰依する人」。
6 慳貪 名詞。意味は「けちで欲深い・貪欲」。
7 して サ変動詞「す」の連用形+接続助詞「て」。「す」の後に助詞の「て」があるので、連用形になる。
8 利養 名詞。意味は「利得・利欲をむさぼり私腹をこやすこと」。
9 し サ変動詞「す」の連用形「す」の後に「、」があるので、連用形になる。
10 ことに触れて 連語。意味は「何かにつけて」。
11 ありて ラ変動詞「あり」の連用形+接続助詞「て」。「あり」の後に助詞の「て」があるので、連用形になる。
12 ありける ラ変動詞「あり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。意味は「あった」。「あり」の後に過去の助動詞の「ける」があるので、連用形になる。
13 食ひたる ハ行四段動詞「食ふ」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。意味は「食った」。「食ふ」の後に完了の助動詞の「たる」があるので、連用形になる。
14 取らせむ ラ行四段動詞「取る」の未然形+使役の助動詞「す」の未然形+意志の助動詞「む」の終止形。意味は「取らせよう」。
15 行きぬ カ行四段動詞「行く」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。意味は「行った」。「行く」の後に完了の助動詞の「ぬ」があるので、連用形になる。
16 定めたる マ行下二段動詞「定む」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。意味は「定めている」。「定む」の後に存続の助動詞の「たる」があるので、連用形になる。
17 取りてたべ ラ行四段動詞「取る」の連用形+接続助詞「て」+バ行四段活用の補助動詞「たぶ」の命令形。意味は「取ってください」。
18 言ふ ハ行四段動詞「言ふ」の終止形
19 少分 名詞。意味は「少しばかり」。
20 なれば 断定の助動詞「なり」の已然形+接続助詞「ば」。意味は「であるので」。
21 取るべけれども ラ行四段動詞「取る」の終止形+適当の助動詞「べし」の已然形+接続助詞「ども」。意味は「取ってもよいのだが」。
22 心ざま 名詞。意味は「性質」。
23 ふつと 副詞。意味は「絶対に」。
24 取らじ ラ行四段動詞「取る」の未然形+打消意志の助動詞「じ」の終止形。意味は「取るまい」。
25 久しく シク活用の形容詞「久し」の連用形。意味は「長く」。
26 論ずる サ変動詞「論ず」の連体形。意味は「議論する」。「論ず」の後に「ほど」という名詞(体言)があるので、連体形になる。
27 おほかた 副詞。意味は「全然」。
28 取らざりければ ラ行四段動詞「取る」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形+接続助詞「ば」。意味は「取らなかったので」。「取る」の後に打消の助動詞の「ざり」があるので、未然形になる。
29 取りたまへ ラ行四段動詞「取る」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の命令形。意味は「お取りくだされ」。
30 食はぬ ハ行四段動詞「食ふ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。意味は「食っていない」。「食ふ」の後に打消の助動詞の「ぬ」があるので、未然形になる。
31 取り添へて ハ行下二段動詞「取り添ふ」の連用形+接続助詞「て」。意味は「付け加えて」。
32 取らせて ラ行四段動詞「取る」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形+接続助詞「て」。意味は「取らせて」。
33 取らせつ ラ行四段動詞「取る」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形+完了の助動詞「つ」の終止形。意味は「取らせた」。
34 利分 名詞。意味は「もうけ」。
35 思ひけめども ハ行四段動詞「思ふ」の連用形+過去推量の助動詞「けむ」の已然形+接続助詞「ども」。意味は「思っただろうが」。
36 疵 名詞。読みは「きず」。
37 失ひぬる ハ行四段動詞「失ふ」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連体形。意味は「失った」。「失ふ」の後に完了の助動詞の「ぬ」があるので、連用形になる。
38 なり 断定の助動詞「なり」の終止形。意味は「~である」。
39 及ばず バ行四段動詞「及ぶ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。意味は「及ばない」。「及ぶ」の後に打消の助動詞の「ず」があるので、未然形になる。
40 をこがましき シク活用の形容詞「をこがまし」の連体形。意味は「ばからしい」。
41 わざ 名詞。意味は「行い」。

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「三文にて歯二つ」現代語訳

 奈良に虫歯を取る中国人がいた。ある在家の信者で、貪欲で利得を優先し、何かにつけて商売心があって、富もあった人が、虫が食った歯を取らせようと中国人の所に行った。歯を一本取るのに、銭二文と定めていたのを、在家の信者は「一文で取って下さい」と言った。料金が少しばかりのことなので、普通に取ってもよかったのだが、在家の信者の性質が憎らしかったので、「絶対に一文では取るまい。」と言った。長く議論するなかで、中国人が全然虫歯を取らなかったので、在家の信者は「それならば、三文で歯二本をお取りくだされ」と言って、虫も食べていない、健康な歯を付け加えて二本取らせて、三文を取らせた。
心の中では、「もうけた」と思っただろうが、傷のない健康な歯を失ったことは、大きな損害である。これは申し上げるまでもなく、大きな愚かなことで、馬鹿らしい行いである。
  

  

いかがでしたでしょうか。

この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。

  
  

・上にある「重要な品詞と語句の解説」で赤く色が付いてある動詞の種類と活用形が分かるようにしておきましょう。
◎動詞の後ろに「て」があると、前の動詞は連用形になります。
◎動詞の後ろに過去の助動詞「けり」があると、前の動詞は連用形になります。
◎動詞の後ろに打消の助動詞「ず」があると、前の動詞は未然形になります。
◎動詞の後ろに名詞があると、前の動詞は連体形になります。

・ストーリーが分かるようにしておきましょう。

    
  
ありがとうございました。
勉強になりました。
  
  
  
  
それは良かった。

  

  
  
  
じゃあ、歯、
抜きましょう。
安くしときますから。
  
  
  
・・・。
虫歯無いって
言ったのに・・・。
聞いてない・・・。
  
  

【南陀伽紫蘭作 北尾政美画『異国出見世吉原』(天明元年刊)を参考に挿入画を作成】

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