では、「若紫との出会い」の前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
『源氏物語』「若紫との出会い」の現代語訳と重要な品詞の解説3
本文
つらつき【注1】いとらうたげにて【注2】、まゆのわたりうちけぶり【注3】、いはけなく【注4】かいやりたる【注5】額つき、髪ざし【注6】、いみじう【注7】うつくし【注8】。ねびゆかむ【注9】さまゆかしき【注10】人かなと、目とまり給ふ【注11】。さるは【注12】、限りなう心を尽くし聞こゆる【注13】人に、いとよう【注14】似奉れる【注15】が、まもらるるなりけり【注16】と、思ふにも涙ぞ落つる【注17】。
尼君、髪をかきなでつつ、「けづる【注18】ことをうるさがり給へ【注19】ど、をかし【注20】の御髪や。いとはかなう【注21】ものし給ふ【注22】こそ、あはれに【注23】うしろめたけれ【注24】。かばかりになれ【注25】ば、いとかからぬ【注26】人もあるものを。故姫君【注27】は、十ばかりにて【注28】殿におくれ給ひし【注29】ほど、いみじうものは思ひ知り給へりし【注30】ぞかし【注31】。
尼君、髪をかきなでつつ、「けづる【注18】ことをうるさがり給へ【注19】ど、をかし【注20】の御髪や。いとはかなう【注21】ものし給ふ【注22】こそ、あはれに【注23】うしろめたけれ【注24】。かばかりになれ【注25】ば、いとかからぬ【注26】人もあるものを。故姫君【注27】は、十ばかりにて【注28】殿におくれ給ひし【注29】ほど、いみじうものは思ひ知り給へりし【注30】ぞかし【注31】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 つらつき | 名詞。意味は「顔つき」。 |
2 らうたげにて |
ナリ活用の形容動詞「らうたげなり」の連用形+接続助詞「て」。意味は「かわいらしくて」。 「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
3 うちけぶり | ラ行四段動詞「うちけぶる」の連用形。意味は「ほんのり美しく見える」。 |
4 いはけなく | ク活用の形容詞「いはけなし」の連用形。意味は「子供っぽい・あどけない」。 |
5 かいやりたる | ラ行四段動詞「かいやる」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。意味は「手で払いのけた」。 |
6 髪ざし | 名詞。意味は「髪の様子」。 |
7 いみじう | シク活用の形容詞「いみじ」の連用形。意味は「たいそう」。「いみじう」は「いみじく」がウ音便化している。 |
8 うつくし | シク活用の形容詞「うつくし」の終止形。意味は「かわいい」。 |
9 ねびゆかむ |
カ行四段動詞「ねびゆく」の未然形+婉曲の助動詞「む」の連体形。意味は「成長していくような」。 「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
10 ゆかしき | シク活用の形容詞「ゆかし」の連体形。意味は「見たい」。 |
11 とまり給ふ | ラ行四段動詞「とまる」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の終止形。意味は「留まりなさる」。「給ふ」は尊敬語で、光源氏に対する敬意。 |
12 さるは | 接続詞。意味は「その上」。 |
13 聞こゆる | ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連体形。意味は「差し上げる」。「聞こゆる」は謙譲語で、光源氏が慕った藤壺の宮に対する敬意。 |
14 よう | ク活用の形容詞「よし」の連用形。意味は「よく」。「よう」は「よく」がウ音便化している。 |
15 似奉れる | ナ行上一段動詞「似る」の連用形+ラ行四段活用の補助動詞「奉る」の已然形+存続の助動詞「り」の連体形。意味は「似て差し上げている」。「奉れ」は謙譲語で、藤壺の宮に対する敬意。 |
16 まもらるるなりけり | ラ行四段動詞「まもる」の未然形+自発の助動詞「る」の連体形+断定の助動詞「なり」の連用形+詠嘆の助動詞「けり」の終止形。意味は「自然とじっと見つめるのであるのだなあ」。 |
17 落つる | タ行上二段動詞「落つ」の連体形。係助詞「ぞ」に呼応している。 |
18 けづる | ラ行四段動詞「けづる」の連体形。意味は「髪を櫛でとく」。 |
19 うるさがり給へ | ラ行四段動詞「うるさがる」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の已然形。意味は「嫌がりなさる」。「給へ」は尊敬語で、若紫に対する敬意。 |
20 をかし | シク活用の形容詞「をかし」の終止形。意味は「すばらしい」。 |
21 はかなう | ク活用の形容詞「はかなし」の連用形。意味は「たわいもない」。「はかなう」は「はかなく」がウ音便化している。 |
22 ものし給ふ | サ変動詞「ものす」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連体形。意味は「いらっしゃる」。「給ふ」は尊敬語で、若紫に対する敬意。 |
23 あはれに | ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形。意味は「しみじみとする」。 |
24 うしろめたけれ | ク活用の形容詞「うしろめたし」の已然形。意味は「不安だ・心配だ」。係助詞「こそ」に呼応している。 |
25 なれ | ラ行四段動詞「なる」の已然形。 |
26 かからぬ | ラ変動詞「かかり」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。意味は「こんなでない」。 |
27 故姫君 | 名詞。尼君の娘で、若紫の母のこと。 |
28 にて | 格助詞。意味は「~で」。 |
29 おくれ給ひし | ラ行下二段動詞「おくる」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「先立たれなさった」。「給ふ」は尊敬語で、故姫君に対する敬意。 |
30 思ひ知り給へりし | ラ行四段動詞「思ひ知る」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の已然形+完了の助動詞「り」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「十分理解しなさっていた」。「給へ」は尊敬語で、故姫君に対する敬意。 |
31 ぞかし | 係助詞「ぞ」+終助詞「かし」。意味は「~であるよ」。 |
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現代語訳
(若紫の)顔つきはとてもかわいらしくて、(まだ剃り落としていない)眉のあたりがほんのり美しく見えて、子供っぽく髪を手で払いのけた額の様子や、髪の様子は、たいへんかわいい。成長していくような姿を見たい人だなあと思い、(光源氏は)目が留まりなさる。その上、この上なく心を尽くし差し上げた人(藤壺の宮)に、とてもよく似て差し上げているのが、(原因で)自然とじっと見つめるのであるのだなあと、思って涙が落ちる。
尼君は、(若紫の)髪をかきなでては、「髪を櫛で梳ることを嫌がりなさるけれど、すばらしい御髪ですこと。(あなたが)とてもたわいなくていらっしゃるのが、しみじみと心配になります。これくらいの年になると、もうこんな(子供)でない人もあるものなのに。あなたの亡くなった母上は、十歳ぐらいでお父上に先立たれなさったとき、たいそう物事を十分理解しなさっていたのでありますよ。
尼君は、(若紫の)髪をかきなでては、「髪を櫛で梳ることを嫌がりなさるけれど、すばらしい御髪ですこと。(あなたが)とてもたわいなくていらっしゃるのが、しみじみと心配になります。これくらいの年になると、もうこんな(子供)でない人もあるものなのに。あなたの亡くなった母上は、十歳ぐらいでお父上に先立たれなさったとき、たいそう物事を十分理解しなさっていたのでありますよ。
いかがでしたでしょうか。
この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。
・注2・28の「にて」は識別が分かるようにしておきましょう。
・敬語表現は誰に対する敬意か分かるようにしておきましょう。
(注11→光源氏、注13・15→藤壺の宮、注19・22→若紫、注29・30→故姫君)
・注16は重要表現がたくさんありますので、訳せるようにしておきましょう。
続きは以下のリンクからどうぞ。
『源氏物語』「若紫との出会い」の現代語訳と重要な品詞の解説5