『十六夜日記』「月影の谷(やつ)・十六夜の月」の現代語訳と重要な品詞の解説

お断り:この記事には、最初に倉橋先生とゆかいな仲間たちの戯れがあります。お急ぎの方は、上にある目次の見たい項目をクリックすると、その解説に飛びますので、そちらをご利用ください。なお、解説は真面目にしております。
  
よーし。
今日は仕事はおわり!
さあ、どっか出かけるか。
  
  
  
  
  
  
あら、お侍さん。
ご一緒に鎌倉に行きませんか?
  
  
  
  
  
  
えっ、鎌倉ですか?
ここからだと、めちゃくちゃ遠いですけど…。
あと、どうして踊っているんですか?
  
  
  
  
  
  
私、これから鎌倉に訴訟に行くんです。
勝訴祈願のため、踊り念仏を唱えながら
向かっているんです。
  
  
  
  
  
  
そうなんですか。
それはそれは、大変なことで。
私は行きませんが、訴訟頑張ってください。
  
  
  
  
  
  
ありがとうございます。
ところで、私が京都から
鎌倉までの道中を綴った話、
聞きたくありません?
  
  
  
  
  
  
いえ。
大丈夫です。
私、忙しいので、これにて失礼いたします。
  
  
  
  
  
  
待ちなさい。
あなた、さっき仕事終わったって言ってたでしょ?
逃がしませんよー。
聞いていきなさい。
  
  
  
  
  
  
えっ、聞いてたの?
地獄耳ですね。
分かりました。
早く済まして下さい・・・。
  

本文

 【注1】にて【注2】住む所は、月影の谷とぞいふなる【注3】。浦近き山もとにて【注4】、風いと荒し【注5】山寺【注6】の傍らなれ【注7】ば、のどかに【注8】すごくて、波の音、松風絶えず【注9】
都の音信はいつしか【注10】おぼつかなき【注11】ほどにしも【注12】、宇津の山にて【注13】行き会ひたりし【注14】山伏のたよりにことづて【注15】申したりし【注16】人の御もとより、確かなる【注17】便【注18】につけて、ありし【注19】御返りごととおぼしく【注20】て、
旅衣涙を添へ【注21】て宇津の山しぐれぬ【注22】ひまもさぞしぐれけむ【注23】
また、
ゆくりなく【注24】あくがれ出でし【注25】十六夜の月やおくれぬ形見【注26】なるべき【注27】
都を出でしことは神無月十六日なりしか【注28】ば、いざよふ月をおぼし【注29】忘れざりけるにや【注30】、いと優しくあはれにて【注31】、ただこの御返りごとばかりをぞまた聞こゆる【注32】
めぐりあふ末をぞ頼む【注33】ゆくりなく【注34】空にうかれし【注35】十六夜の月

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 東 名詞。東国のこと。ここでは鎌倉の意。
2 にて 格助詞。場所を表わす。意味は「~で」。

「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「にて」の識別の解説

3 なる 伝聞の助動詞「なり」の連体形。意味は「~そうだ」。係助詞「ぞ」に呼応している。
4 にて 断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。意味は「~であって」。
5 荒し ク活用の形容詞「荒し」の終止形。
6 山寺 名詞。極楽寺のこと。
7 なれ 断定の助動詞「なり」の已然形。
8 のどかに ナリ活用の形容動詞「のどかなり」の連用形。
9 絶えず ヤ行下二段動詞「絶ゆ」の未然形+打消の助動詞「ず」の未然形。
10 いつしか 副詞。意味は「早く」。
11 おぼつかなき ク活用の形容詞「おぼつかなし」の連体形。意味は「待ち遠しい」。
12 しも 副助詞。強意を表す。
13 にて 格助詞。場所を表わす。意味は「~で」。
14 たりし 完了の助動詞「たり」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。
15 ことづて 名詞。意味は「伝言」。
16 申したりし サ行四段動詞「申す」の連用形+完了の助動詞「たり」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。「申し」は「言ふ」の謙譲語。
17 確かなる ナリ活用の形容動詞「確かなり」の連用形。意味は「信用できる」。
18 便 名詞。意味は「つて」。
19 ありし 連体詞。意味は「以前の・あの」。
20 おぼしく シク活用の形容詞「おぼし」。の連用形。意味は「~と思われる」。
21 添へ ハ行下二段動詞「添ふ」の連用形。
22 しぐれぬ ラ行下二段動詞「しぐる」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。意味は「時雨が降らない」。
23 しぐれけむ ラ行下二段動詞「しぐる」の連用形+過去推量の助動詞「けむ」の連体形。「けむ」は係助詞「ぞ」に呼応している。意味は「涙で濡れていただろう」。
24 ゆくりなく ク活用の形容詞「ゆくりなし」の連用形。意味は「思いがけず・突然」。
25 あくがれ出でし ラ行下二段動詞「あくがる」の連用形+ダ行下二段動詞「出づ」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「さまよい出た」。
26 おくれぬ形見 ラ行下二段動詞「おくる」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。意味は「先立たれていない思い出」。
27 なるべき 断定の助動詞「なり」の連体形+推量の助動詞「べき」の連体形。「べき」は係助詞「や」に呼応している。
28 なりしか 断定の助動詞「なり」の連用形+過去の助動詞「き」の已然形。
29 おぼし サ行四段動詞「おぼす」の連用形。「思ふ」の尊敬語。意味は「お思いになる」。
30 忘れざりけるにや ラ行下二段動詞「忘る」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形+断定の助動詞「なり」の連用形+係助詞「や」。意味は「忘れなかったのだろうか」。「や」の後に「あらん」が省略されている。

係り結びの省略については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

係り結びの省略と流れの解説

31 あはれにて ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形+接続助詞「て」。
32 聞こゆる ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連体形。謙譲語。意味は「差し上げる」。係助詞「ぞ」に呼応している。
33 頼む マ行四段動詞「頼む」の連体形。係助詞「ぞ」に呼応している。
34 ゆくりなく ク活用の形容詞「ゆくりなし」の連用形。意味は「思いがけず」。
35 うかれし ラ行下二段動詞「うかる」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。

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現代語訳

 東国(鎌倉)で私が住む所は、月影の谷と言うそうだ。海岸に近い山の麓で、風がとても強い。極楽寺のそばであるので、のどかでもの寂しくて、波の音や、松風の音が絶えず聞こえる。
都からの音信が、早く、待ち遠しく思っていた時に、宇津の山で出会った山伏のつてで伝言を申し上げた人の所から、信用できるつてに託して、以前(私が差し上げた歌に対する)お返事と思われる(歌が届けられた。)
(あなたの)旅衣は、涙をつけ加わって、宇津の山に時雨が降らぬ間も、さぞかし涙で濡れていたでしょう。
また、
突然(あなたが)さまよい出た日の十六夜の月は、先立たれていない(無事である)思い出であるのでしょうか。
都を出た時は十月十六日であったので、十六夜の月をお思い、お忘れでなかったのであろうか、本当に優しくしみじみとして、ただこの歌の返歌だけを、また差し上げる。

まためぐり会う将来を頼みますよ。思いがけず空に浮かれ出た十六夜の月よ。

  

いかがでしたでしょうか。
この文章では「にて」が4か所出てきます(注2・4・13・31)。
よく問われますので、この識別がきちんとできるようにしておきましょう。また、係り結びの省略も登場しますので、省略されている語が何か答えられるようにしておきましょう

  

ありがとうございました。
勉強になりました。
質問あるのですが、
作者の所に返歌が届きますが、
これは誰からの返歌なのですか?

  
  

ふふふ。
気になりますか?
それを知るには、前の話を知らないといけませんね。

  
  

えっ、前の話?
余計なこと聞いちゃった。
今の質問なかったことにしてください。

  
  

そうはいきません。
次回は、「月影の谷」の前の場面の話をしましょう。
次回も、しっかり聞いて下さいねー。

【山東京伝作歌川豊国(初代)画『昔話稲妻表紙』(文化三年刊)を参考に挿入画を作成】

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