『今昔物語集』「馬盗人」の現代語訳と重要な品詞の解説2

  

では、「馬盗人」の前回の続きの文章を見ていきましょう。

前回の解説はこちら。

『今昔物語集』「馬盗人」の現代語訳と重要な品詞の解説1

  

本文

 しかる間【注1】、頼信朝臣の子頼義に、「我が親のもとに東より今日よき【注2】【注3】上りにけり【注4】。」と人告げけれ【注5】ば、頼義が思はく、「その馬、よしなからむ【注6】人に乞ひ取られなむ【注7】【注8】しからぬ【注9】前に我行きて【注10】て、まことに【注11】よき馬なら【注12】ば、我乞ひ取りてむ【注13】。」と思ひて、親の家に行く。雨いみじく【注14】降りけれども、この馬【注15】恋しかりけれ【注16】ば、雨にもさはらず【注17】、夕方行きたりける【注18】に、親、子にいはく、「など【注19】久しく【注20】見えざりつる【注21】ぞ。」など言ひければ、ついでに【注22】、「これは、この馬率て来たりぬ【注23】と聞きて、これ乞はむ【注24】と思ひて来たるなめり【注25】。」と思ひければ、頼義がいまだ言ひ出でぬ【注26】前に、親【注27】いはく、「東より馬率て来たり【注28】聞きつる【注29】を、我はいまだ見ず。遣せたる【注30】者は、よき馬とぞ言ひたる【注31】。今宵は暗く【注32】て何とも見えじ【注33】。朝見て心につかば、速やかに【注34】取れ【注35】。」と言ひければ、頼義、乞はぬ【注36】前にかく言へば、「うれし【注37】。」と思ひて、「さらば【注38】今宵は御宿直つかまつり【注39】て、朝見たまへむ【注40】。」と言ひて、とどまりにけり【注41】。宵のほどは物語など注42】て、夜更けぬれ【注43】ば、親も寝所に入りて寝にけり【注44】、頼義も傍らに寄りて寄り臥しけり【注45】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 しかる間 接続詞。意味は「そうする間に」。
2 よき ク活用の形容詞「よし」の連体形。
3 率 ワ行上一段動詞「率る」の連用形。
4 上りにけり ラ行四段動詞「上る」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。
5 告げけれ ガ行下二段動詞「告ぐ」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。
6 よしなからむ ク活用の形容詞「よしなし」の未然形+婉曲の助動詞「む」の連体形。意味は「つまらないような」。

「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「む(ん)」の識別の解説

7 乞ひ取られなむ ラ行四段動詞「乞ひ取る」の未然形+受身の助動詞「る」の連用形+強意(確述)の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「む」の終止形。意味は「求め取られるにちがいない」。

「なむ」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「なむ」の識別の解説

8 す サ変動詞「す」の終止形。
9 しからぬ ラ変動詞「しかり」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。意味は「そうならない」。
10 見 マ行上一段動詞「見る」の連用形。
11 まことに 副詞。意味は「本当に」。
12 なら 断定の助動詞「なり」の未然形。
13 乞ひ取りてむ ラ行四段動詞「乞ひ取る」の連用形+強意(確述)の助動詞「つ」の未然形+意志の助動詞「む」の終止形。意味は「求めて取ろう」。
14 いみじく シク活用の形容詞「いみじ」の連用形。意味は「たいそう」。
15 の 格助詞の主格。意味は「~が」。

「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助詞「の」の識別の解説

16 恋しかりけれ シク活用の形容詞「恋し」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。意味は「見たかった」。
17 さはらず ラ行四段動詞「さはる」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。意味は「妨げられず」。
18 行きたりける カ行四段動詞「行く」の連用形+完了の助動詞「たり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連用形。
19 など 副詞。意味は「どうして」。
20 久しく シク活用の形容詞「久し」の連用形。
21 見えざりつる ヤ行下二段動詞「見ゆ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形+完了の助動詞「つ」の連体形。意味は「見せなかった」。
22 ついでに 副詞。意味は「そのおりに」。
23 来たりぬ ラ行四段動詞「来たる」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。意味は「やって来た」。
24 乞はむ ハ行四段動詞「乞ふ」の未然形+意志の助動詞「む」の終止形。
25 来たるなめり カ変動詞「来(く)」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形+断定の助動詞「なり」の連体形+推定の助動詞「めり」の終止形。「なめり」は本来の形は「なるめり」であったが、撥音便化で「なんめり」となり、「ん」を表記しない形(なめり)となった。意味は「来たのであるようだ」。
26 言ひ出でぬ ダ行下二段動詞「言ひ出づ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。
27 の 格助詞の主格。意味は「~が」。
28 来たり カ変動詞「来(く)」の連用形+完了の助動詞「たり」の終止形。
29 聞きつる カ行四段動詞「聞く」の連用形+完了の助動詞「つ」の連体形。
30 遣せたる サ行下二段動詞「遣す」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。意味は「よこした」。
31 言ひたる ハ行四段動詞「言ふ」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。係助詞「ぞ」に呼応している。意味は「言っている」。
32 暗く ク活用の形容詞「暗し」の連用形。
33 見えじ ヤ行下二段動詞「見ゆ」の未然形+打消推量の助動詞「じ」の終止形。意味は「見えないだろう」。
34 速やかに ナリ活用の形容動詞「速やかなり」の連用形。
35 取れ ラ行四段動詞「取る」の命令形。
36 乞はぬ ハ行四段動詞「乞ふ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。
37 うれし シク活用の形容詞「うれし」の終止形。
38 さらば 接続詞。意味は「それならば」。
39 つかまつり ラ行四段動詞「つかまつる」の連用形。謙譲語。意味は「いたす」。父・頼信に対する敬意。

会話文の敬意の方向(誰から誰に)については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

古文の敬意の方向(誰から誰に)の解説

40 見たまへむ マ行上一段動詞「見る」の連用形+ハ行下二段活用の補助動詞「たまふ」の未然形+意志の助動詞「む」の終止形。「たまふ」は謙譲語。意味は「見せていただきましょう」。馬に対する敬意。
41 とどまりにけり ラ行四段動詞「とどまる」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。意味は「泊まってしまった」。
42 し サ変動詞「す」の連用形。
43 更けぬれ カ行下二段動詞「更く」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の已然形。
44 寝にけり ナ行下二段動詞「寝(ぬ)」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。意味は「寝てしまった」。
45 臥しけり サ行四段動詞「臥す」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。

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現代語訳

 そうする間に、頼信朝臣の子の頼義に、「あなたの父のもとに東国から今日よい馬が連れられて上京してきた。」と人が告げたので、頼義が思うことには、「その馬は、きっとつまらないような者に求め取られるに違いない。そうならない前に私が行って見て、本当によい馬であるならば、自分が求めて取ろう。」と思って、親の家に行った。雨がたいそう降っていたけれども、この馬が見たかったので、雨にも妨げられず、夕方に出かけて行ったが、親が、子の頼義に言うことには、「どうして久しく姿を見せなかったのか。」などと言ったところ、そのおりに、(頼信は)「これは、この馬が連れてやって来たことを聞いて、これを所望しようと思って来たのであるようだ。」と思ったので、頼義がいまだ(返事を)言い出さない前に、親の頼信が言うことには、「東国から馬を連れて来たと聞いているが、私はまだ見ていない。(馬を)よこした者は、良い馬だと言っている。今夜は暗くてどんなものか見えないだろう。翌朝見て気に入ったならば、速やかに受け取れ。」と言ったので、頼義は、求めない前にこのように(頼信が)言って、「うれしい。」と思い、「それならば今夜は宿直をいたして、翌朝見せていただきましょう。」と言って、(頼信の家に)泊まってしまった。宵のうちは世間話などをして、夜が更けたので、親の頼信も寝所に入って寝てしまった。頼義も部屋の端のほうに寄って、寄りかかって寝た。

  

いかがでしたでしょうか。

この箇所は重要な文法事項がたくさん出てきます。
まず、「注25」の音便の変化は、元の形「なるめり」が分かるようにしておきましょう
次に、助動詞が複数組み合わされているもの、注7」・「注13」・「注21」・「注41」・「注44」などは、助動詞の意味と訳が分かるようにしておきましょう
また、「注6」と「注24」などの助動詞「む」の意味の違いも分かるようにしておきましょう
そして、「注40」の敬語表現「たまへ」は謙譲語ですので、気をつけておきましょう

  

この続きは以下のリンクからどうぞ。

『今昔物語集』「馬盗人」の現代語訳と重要な品詞の解説3

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