では、「如意の渡りにて義経を弁慶打ち奉る事」の前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
『義経記』「如意の渡りにて義経を弁慶打ち奉る事」の現代語訳と重要な品詞の解説1
本文
渡し守の権頭、「小賢しき【注1】こと申すかな【注2】。さやうに【注3】見知りたら【注4】ば、御辺【注5】渡し候へ【注6】。」と申せ【注7】ば、弁慶、「そもそも判官殿【注8】と知りたら【注9】ば、確かに【注10】指してのたまへ【注11】。」と言ひけれ【注12】ば、「まさしくあの客僧こそ判官殿にて【注13】おはしけれ【注14】。」と指してぞ申しける【注15】。そのとき弁慶、「あれは白山より連れたる【注16】御坊なり【注17】。年若きにより人怪しめ申す【注18】無念さよ。これより白山へ戻り候へ【注19】。」とて、舟より引き下ろし、扇にて【注20】散々に【注21】こき伏せたり【注22】。そのとき渡し守、「羽黒山伏【注23】ほど情けなき【注24】者はなし。判官殿にて【注25】ましまさず【注26】は、さにて【注27】こそあるべきよ【注28】。かほどいたはしげ【注29】もなく、散々に当たり申されし【注30】こと、しかしながら【注31】私が打ち申したるなり【注32】。御いたはしく【注33】こそ候へ【注34】。」とて、舟を寄せ、「ここへ召し候へ【注35】。」とて、楫取りのそばに乗せ奉る【注36】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 小賢しき | シク活用の形容詞「小賢し」の連体形。意味は「悪がしこい・なまいきである」。 |
2 申すかな | サ行四段動詞「申す」の連体形+終助詞「かな」。意味は「申すなあ」。「申す」は「言ふ」の謙譲語。弁慶に対する敬意。 |
3 さやうに | ナリ活用の形容動詞「さやうなり」の連用形。意味は「そのよう」。 |
4 見知りたら | ラ行四段動詞「見知る」の連用形+存続の助動詞「たり」の未然形。 |
5 御辺 | 名詞。意味は「あなた」。読みは「ごへん」。「中乗りしたる男」のことを指す。 |
6 候へ | ハ行四段の補助動詞「候ふ」の命令形。意味は「くだされ」。丁寧語。御辺(中乗りしたる男)に対する敬意。 |
7 申せ | サ行四段動詞「申す」の已然形。「申す」は「言ふ」の謙譲語。渡しの守の権頭に対する敬意。 |
8 判官殿 | 名詞。源義経のこと。 |
9 知りたら | ラ行四段動詞「知る」の連用形+存続の助動詞「たり」の未然形。 |
10 確かに | ナリ活用の形容動詞「確かなり」の連用形。 |
11 のたまへ | ハ行四段動詞「のたまふ」の命令形。意味は「おっしゃってください」。「言ふ」の尊敬語。渡しの守の権頭に対する敬意。 |
12 言ひけれ | ハ行四段動詞「言ふ」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。 |
13 にて | 断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。
「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
14 おはしけれ | サ変動詞「おはす」の連用形+詠嘆の助動詞「けり」の已然形。意味は「いらっしゃいますのだ」。「おはし」は「あり」の尊敬語。客僧(実は義経)に対する敬意。「けれ」は係助詞「こそ」に呼応している。
重要な尊敬語「おはす」については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
15 申しける | サ行四段動詞「申す」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。「申し」は「言ふ」の謙譲語。渡しの守の権頭に対する敬意。 |
16 連れたる | ラ行下二段動詞「連る」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。 |
17 なり | 断定の助動詞「なり」の終止形。 |
18 怪しめ申す | マ行下二段動詞「怪しむ」の連用形+サ行四段活用の補助動詞「申す」の連体形。意味は「疑い差し上げる」。「申す」は謙譲語。白山より連れたる御坊(義経)に対する敬意。 |
19 候へ | ハ行四段の補助動詞「候ふ」の命令形。意味は「くだされ」。丁寧語。白山より連れたる御坊(義経)に対する敬意。 |
20 にて | 接続助詞。意味は「~で」。 |
21 散々に | ナリ活用の形容動詞「散々なり」の連用形。 |
22 こき伏せたり | サ行下二段動詞「こき伏す」の連用形+完了の助動詞「たり」の終止形。 意味は「強く押し倒した。」 |
23 羽黒山伏 | 名詞。弁慶のこと。 |
24 情けなき | ク活用の形容詞「情けなし」の連体形。 |
25 にて | 断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。 |
26 ましまさず | サ行四段動詞「まします」の未然形+打消の助動詞「ず」の未然形。意味は「いらっしゃらない」。「ましまさ」は「あり」の尊敬語。白山より連れたる御坊(義経)に対する敬意。 |
27 さにて | 副詞「さ」+断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。意味は「そうで」。 |
28 こそあるべきよ | 係助詞「こそ」+ラ変動詞「あり」の連体形+推量の助動詞「べし」の連体形+終助詞「よ」。意味は「あるだろうよ」。本来なら係助詞「こそ」があるため、文末が已然形の「べけれ」となるのだが、終助詞「よ」があるため、係り結びの法則が流れて(消滅して)いる。
係り結びの流れについては、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
29 いたはしげ | 名詞。意味は「思いやりのあること」。形容詞「いたはし」の終止形に接尾語「げ」が付いたもの。 |
30 申されし | サ行四段活用の補助動詞「申す」の未然形+尊敬の助動詞「る」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「差し上げなさった」。「申さ」は謙譲語。「申さ」は白山より連れたる御坊(義経)に対する敬意。「れ」は羽黒の山伏(弁慶)に対する敬意。 |
31 しかしながら | 副詞。意味は「すべて・そっくりそのまま」。 |
32 申したるなり | サ行四段活用の補助動詞「申す」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形+断定の助動詞「なり」の終止形。意味は「差し上げたの(と同じ)である」。「申し」は白山より連れたる御坊(義経)に対する敬意。 |
33 いたはしく | シク活用の形容詞「いたはし」の連用形。意味は「気の毒だ」。 |
34 候へ | ハ行四段動詞「候ふ」の已然形。意味は「ございます」。「あり」の丁寧語。白山より連れたる御坊(義経)に対する敬意。係助詞「こそ」に呼応している。 |
35 召し候へ | サ行四段動詞「召す」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「候ふ」の命令形。意味は「お乗りになってくだされ」。「召し」は「乗る」の尊敬語。「候へ」は丁寧語。両方とも、白山より連れたる御坊(義経)に対する敬意。
重要な尊敬語「召す」については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
36 乗せ奉る | サ行下二段動詞「乗す」の連用形+ラ行四段活用の補助動詞「奉る」の終止形。意味は「乗せ差し上げる」。「奉る」は謙譲語で、白山より連れたる御坊(義経)に対する敬意。 |
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現代語訳
渡しの守の権頭は「なまいきなことを申し上げるなあ。そのように見知っているなら、あなたがこの人たちを渡しくだされ。」と申したので、弁慶は「そもそも判官殿と分かっているなら、はっきり指を指しておっしゃってください。」と言ったので、「まさにあの旅僧こそ、判官殿でいらっしゃいますのだ。」と指して申し上げた。そのとき弁慶は「あれは白山から連れている僧である。年が若いことにより、人々が疑い差し上げることの情けなさよ。これより白山へ戻りくだされ。」と言って、舟から引き降ろし、扇で散々強く押し倒した。その時、渡しの守の権頭は「羽黒の山伏ほど情けない者はいない。(この旅僧が)判官殿でいらっしゃらないことは、(確かに)そうであるだろうよ。これほど思いやりのもなく、散々に当たり差し上げたことは、そっくりそのまま私が打ち差し上げたの(と同じ)である。お気の毒でございます。」と言って、舟を寄せて、「ここにお乗りになってくだされ。」と言って、船頭のそばに乗せ差し上げた。
いかがでしたでしょうか。
この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。
・「のたまふ」、「おはします」、「まします」は重要な敬語表現ですので、覚えておきましょう。(「注11」・「注14」・「注26」)
・係り結びの法則の流れ(消滅)がありますので、覚えておきましょう。(「注28」)
・「にて」が4つ出てきますので、見分けられるようにしておきましょう。
(「注13」・「注20」・「注25」・「注27」)
・敬語表現は誰に対する敬意か確認しておきましょう。
続きは以下のリンクからどうぞ。
『義経記』「如意の渡りにて義経を弁慶打ち奉る事」の現代語訳と重要な品詞の解説3