お断り:この記事には、最初に倉橋先生とゆかいな仲間たちの戯れがあります。お急ぎの方は、上にある目次の見たい項目をクリックすると、その解説に飛びますので、そちらをご利用ください。なお、解説は真面目にしております。
御免下さーい。
はーい。
どなたでしょうか?
私、女軽業師の
早雲小金と申します。
芝居師の事務所は
こちらでしょうか?
えっ?早雲小金?
あの美女軽業師で
江戸と上方で
大人気のあの小金?
大人気のあの小金?
※早雲小金は江戸時代の天明期に綱渡りや力業で江戸と上方で評判になった美人軽業師です。
そうですが…。
こちら芝居師の事務所では
ないんですか?
失礼致しました。
失礼致しました。
えっ、ちょっと。
もう帰ちゃうんですか?
もう帰ちゃうんですか?
せっかく来たんだし、
少し休まれたら
いいんじゃないですか?
いいんじゃないですか?
いいえ。私、
先を急いでいますので、
これにて失礼致します。
先を急いでいますので、
これにて失礼致します。
ちょっと、せっかく
来たんだし、
何かお話しませんか?
来たんだし、
何かお話しませんか?
そうだ、芸についての
講義を致しましょう。
講義を致しましょう。
えっ?それ、
芸の役に立つんですか?
芸の役に立つんですか?
立ちます!立ちます!
是非聞いてってください。
世阿弥の『風姿花伝』
お話しますから。
お話しますから。
そこまで言うんでしたら
聞いて行きましょう。
聞いて行きましょう。
早速、話して下さい。
時間がないので。
時間がないので。
本文
因果の花【注1】を知ること、極めなるべし【注2】。一切みな因果なり【注3】。初心よりの芸能の数々は、因なり。能を極め、名を得る【注4】ことは、果なり。しかれば、稽古するところの因おろそかなれ【注5】ば、果をはたすことも難し【注6】。これをよくよく知るべし【注7】。
また、時分【注8】にも恐るべし【注9】。去年盛りあらば、今年は花なかるべき【注10】ことを知るべし【注11】。時の間にも男時【注12】女時【注13】とてあるべし【注14】。いかに【注15】すれども、能にもよき時あれば、必ず悪きことまたあるべし。これ、力なき因果なり。これを心得【注16】て、さのみ【注17】に大事になからん【注18】時の申楽【注19】には、立ち合ひ勝負に、それほどに我意執【注20】を起こさず【注21】、骨をも折らず【注22】、勝負に負くる【注23】とも心にかけず【注24】、手を貯ひて少な少な【注25】と能をすれば、見物衆も、「これはいかやうなる【注26】ぞ。」と思ひ醒めたる【注27】ところに、大事の申楽の日、手立てを変へて得手【注28】の能をして、精励【注29】をいだせば、これまた、見る【注30】人の思ひのほかなる【注31】心出で来れ【注32】ば、肝要の立ち合ひ、大事の勝負に、定めて【注33】勝つことあり。これ、珍しき大用【注34】なり。
また、時分【注8】にも恐るべし【注9】。去年盛りあらば、今年は花なかるべき【注10】ことを知るべし【注11】。時の間にも男時【注12】女時【注13】とてあるべし【注14】。いかに【注15】すれども、能にもよき時あれば、必ず悪きことまたあるべし。これ、力なき因果なり。これを心得【注16】て、さのみ【注17】に大事になからん【注18】時の申楽【注19】には、立ち合ひ勝負に、それほどに我意執【注20】を起こさず【注21】、骨をも折らず【注22】、勝負に負くる【注23】とも心にかけず【注24】、手を貯ひて少な少な【注25】と能をすれば、見物衆も、「これはいかやうなる【注26】ぞ。」と思ひ醒めたる【注27】ところに、大事の申楽の日、手立てを変へて得手【注28】の能をして、精励【注29】をいだせば、これまた、見る【注30】人の思ひのほかなる【注31】心出で来れ【注32】ば、肝要の立ち合ひ、大事の勝負に、定めて【注33】勝つことあり。これ、珍しき大用【注34】なり。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 因果の花 | 連語。「因果」は原因と結果のこと。「花」は世阿弥の能楽論用語で、観客に感銘を与える芸のおもしろさや珍しさ・魅力のこと。 |
2 なるべし |
断定の助動詞「なり」の連体形+推量の助動詞「べし」の終止形。意味は「~であるにちがいない」。 「べし」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
3 なり | 断定の助動詞「なり」の終止形。 |
4 得る | ア行下二段動詞「得(う)」の連体形。読みは「うる」。 |
5 おろそかなれ | ナリ活用の形容動詞「おろそかなり」の已然形。意味は「いいかげんだ」。 |
6 難し | ク活用の形容詞「難(かた)し」の終止形。 |
7 知るべし | ラ行四段動詞「知る」の終止形+当然の助動詞「べし」の終止形。意味は「知るべきである」。 |
8 時分 | 名詞。意味は「ちょうどよい時期・好機」。 |
9 恐るべし | ラ行下二段動詞「恐る」の終止形+当然の助動詞「べし」の終止形。意味は「恐れるべきである」。 |
10 なかるべき | ク活用の形容詞「なし」の連体形+推量の助動詞「べし」の連体形。意味は「ないだろう」。 |
11 知るべし | ラ行四段動詞「知る」の終止形+当然の助動詞「べし」の終止形。意味は「知るべきである」。 |
12 男時 | 名詞。意味は「運のよい時」。読みは「をどき」。 |
13 女時 | 名詞。意味は「運の悪い時」。読みは「めどき」。 |
14 あるべし | ラ変動詞「あり」の連体形+推量の助動詞「べし」の終止形。意味は「あるのであろう」。 |
15 いかに | 副詞。意味は「どのように」。 |
16 心得 | ア行下二段動詞「心得(こころう)」の連用形。 |
17 さのみ | 副詞。意味は「それほど」。 |
18 なからん |
ク活用の形容詞「なし」の未然形+婉曲の助動詞「ん」の連体形。意味は「ないような」。 「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
19 申楽 | 名詞。猿楽のこと。 |
20 我意執 | 名詞。勝ちにこだわる自分の気持ちのこと。読みは「がいしゅう」。 |
21 起こさず | サ行四段動詞「起こす」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。 |
22 折らず | ラ行四段動詞「折る」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。 |
23 負くる | カ行下二段動詞「負く」の連体形。 |
24 かけず | カ行下二段動詞「かく」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。 |
25 少な少な | 副詞。意味は「控えめに」。 |
26 いかやうなる | ナリ活用の形容動詞「いかやうなり」の連体形。意味は「どのような」。「いかやうなる」の後に「こと」が省略されている。 |
27 思ひ醒めたる | マ行下二段動詞「「思ひ醒む」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。意味は「興ざめした」。 |
28 得手 | 名詞。意味は「最も得意とするところ」。読みは「えて」。 |
29 精励 | 名詞。意味は「一所懸命にはげむこと」。 |
30 見る | マ行上一段動詞「見る」の連体形。 |
31 なる | 断定の助動詞「なり」の連体形。 |
32 出で来れ | カ変動詞「出で来(いでく)」の已然形。 |
33 定めて | 副詞。意味は「きっと」。 |
34 大用 | 名詞。意味は「大きな効果・効用」。 |
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現代語訳
芸における原因と結果の魅力を知ることは、能の究極点であるにちがいない。この世のすべては皆原因と結果の関係である。初心者の時から芸能の数々は原因がもたらすものである。能を極めて、名声を得ることは結果がもたらすものである。そうであるから、稽古をするというところの原因がいいかげんになると、よい結果を得ることも難しい。これをよくよく知るべきである。
また、好機ということにも、恐れるべきである。去年芸の盛りがあったならば、今年はその盛りがないだろうことを知るべきである。ほんのしばらくの間にも運のよい時、運の悪い時というものがあるのであろう。どのようにしても、能にも運のよい時もあれば、運の悪い時もまた必ずあるのであろう。これは人の力ではどうしようもない因果である。これを心得て、それほど大事でないような時の猿楽の時は、立ち合い勝負の演能で、それほど勝ちにこだわる自分の気持ちを起さず、無駄骨を折らず、勝負に負けても気にかけず、手の内を残して控えめに能を演じると、見物人も、「これはどのようなことだ。」と興ざめしたところに、大事な猿楽の日に、手法を変えて最も得意とするところの能を演じて、一所懸命に励めば、これまた、見物人の予想外の驚きが生まれ出てくるので、重要な立ち合いや大事な勝負にきっと勝つのである。これは珍しい大きな効用である。
また、好機ということにも、恐れるべきである。去年芸の盛りがあったならば、今年はその盛りがないだろうことを知るべきである。ほんのしばらくの間にも運のよい時、運の悪い時というものがあるのであろう。どのようにしても、能にも運のよい時もあれば、運の悪い時もまた必ずあるのであろう。これは人の力ではどうしようもない因果である。これを心得て、それほど大事でないような時の猿楽の時は、立ち合い勝負の演能で、それほど勝ちにこだわる自分の気持ちを起さず、無駄骨を折らず、勝負に負けても気にかけず、手の内を残して控えめに能を演じると、見物人も、「これはどのようなことだ。」と興ざめしたところに、大事な猿楽の日に、手法を変えて最も得意とするところの能を演じて、一所懸命に励めば、これまた、見物人の予想外の驚きが生まれ出てくるので、重要な立ち合いや大事な勝負にきっと勝つのである。これは珍しい大きな効用である。
いかがでしたでしょうか。
この箇所で重要な文法事項は以下の通りです。
・助動詞の「べし」と「む」の種類が見分けられるようにしておきましょう。
→(注2・7・9・10・11・14・18)
・理論を述べている箇所なので、現代語訳が分かるようにしておきましょう。
続きは以下のリンクからどうぞ。
【山東京伝作北尾政美画『艶哉女僊人』(寛政元年刊)を参考に挿入画を作成】