『風姿花伝』「秘する花を知ること」の現代語訳と重要な品詞の解説1

お断り:この記事には、最初に倉橋先生とゆかいな仲間たちの戯れがあります。お急ぎの方は、上にある目次の見たい項目をクリックすると、その解説に飛びますので、そちらをご利用ください。なお、解説は真面目にしております。
 
 
御免下さい。
夜分遅くに
申し訳ございません。
 
 
 
 
 
 
(今、夜中の12時なんだけど…。)
はーい。
どなたでしょうか?
 
 
 
 
 
 
私は、諸国を廻りながら、
能の披露している旅芸人です。
世阿弥の『風姿花伝』の講義を
是非お聞きしたいと思い、
訪問しました。
 
 
そうですか。
今夜はもう遅いので、
明日の朝、いらしていただければ、
講義いたしましょう。
 
 
 
 
 
えっ?
今してくれないんですか?
今がいいんですけど。
 
 
 
今、夜中の12時ですよ。
今からやるのはちょっと…。
 
 
 
 
 
倉橋先生。あなたのサイト。
夜中にアクセス数、
急増してますでしょ?
勉強に励む学生のために
今やってくださいよー。
 
 
(なんで、そんなこと知ってるんだ?)
まあ、そうですけど…。
分かりました。
夜中に勉強に励む学生さんのためにも
講義致しましょう。
(注:勉強は一度に一気にやっても身につきません。食事を一気に食べないのと同じで、分散してやるのがよろしいかと思います。)
 

本文

 秘する【注1】【注2】を知ること。「秘すれば花なり【注3】。秘せ【注4】は花なるべからず【注5】。」となり。この分け目を知ること、肝要の花なり。
 そもそも、一さい【注6】の事、諸道芸において、その家々に秘事と申す【注7】は、秘するによりて大用【注8】ある【注9】が故なり。しかれば【注10】、秘事といふことをあらはせば、させる【注11】ことにて【注12】なき【注13】ものなり。これを、「させることにて【注14】もなし。」と言ふ人は、いまだ秘事といふことの大用を知らぬ【注15】が故なり。
 まづ、この花の口伝【注16】におきても、ただめづらしき【注17】が花ぞと皆人知るなら【注18】ば、「さてはめづらしきことあるべし【注19】。」と思ひ設けたらん【注20】見物衆の前にて【注21】は、たとひめづらしきことをするとも、見手【注22】の心にめづらしき感はあるべからず【注23】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 秘する サ変動詞「秘す」の連体形。意味は「秘密にする」。
2 花 名詞。世阿弥の能楽論用語。観客に感銘を与える芸のおもしろさや珍しさ・魅力のこと。
3 なり 断定の助動詞「なり」の終止形。
4 ず 打消の助動詞「ず」の連用形。
5 なるべからず

断定の助動詞「なり」の連体形+可能の助動詞「べし」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。意味は「~であることができない」。

「べし」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「べし」の識別の解説

6 一さい 名詞。意味は「すべて」。
7 申す サ行四段動詞「申す」の連体形。「言ふ」の丁寧語。聞き手に対する敬意。
8 大用 名詞。意味は「大きな効用、効果」。
9 ある ラ変動詞「あり」の連体形。
10 しかれば 接続詞。意味は「そうであるから」。
11 させる 連体詞。意味は「さほどの・これという」。
12 にて

断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。

「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「にて」の識別の解説

13 なき ク活用の形容詞「なし」の連体形。
14 にて 断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。
15 知らぬ ラ行四段動詞「知る」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。
16 口伝 名詞。口づたえの秘伝のこと。読みは「くでん」。
17 めづらしき シク活用の形容詞「めづらし」の連体形。
18 知るなら ラ行四段動詞「知る」の連体形+断定の助動詞「なり」の未然形。
19 あるべし ラ変動詞「あり」の連体形+推量の助動詞「べし」の終止形。意味は「あるにちがいない」。
20 設けたらん

カ行下二段動詞「設く」の連用形+存続の助動詞「たり」の未然形+婉曲の助動詞「ん」の連体形。意味は「待ち受けているような」。

「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「む(ん)」の識別の解説

21 にて 格助詞。意味は「~で」。
22 見手 名詞。意味は「見る人・見物人」。読みは「みて」。
23 あるべからず ラ変動詞「あり」の連体形+当然の助動詞「べし」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。意味は「あるはずがない」。

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現代語訳 

 秘密にする芸の花があることを知ること。「秘密にすれば芸の花となり、秘密にしなければ芸の花であることができない。」ということだ。この分け目を知ることが、芸の花について大切なことである。
 そもそも、すべてのこと、諸道や諸芸において、その家々で秘事と申しますのがあるのは、秘密にすることによって大きな効用があるからである。
 そうであるから、秘事ということを明らかにすると、それほどのことでもないのである。これを「これということでもない。」と言う人は、いまだ秘事ということの大きな効用を知らないから(そのように言うの)である。
 まず、この芸の花についての口伝においても、ただ珍しいということが芸の花だと、皆が知っているのであるならば、「それならば珍しいことがあるに違いない。」と思い待ち受けているような見物人の前では、たとえ珍しい演技をしても、見る人の心に珍しいという気持ちはある(起こる)はずがない。

いかがでしたでしょうか。

「注5」にある「べからず」と「注23」にある「べからず」は意味が異なります。「注5」の方が「不可能を表わす」もので、「注23」の方が「当然の意の打ち消しを表わす」ものです見分け方は、訳してみて考える(文脈で判断する)しかありませんので、少しずつ文脈判断ができるように訓練しておきましょう

続きは以下のリンクからどうぞ。

『風姿花伝』「秘する花を知ること」の現代語訳と重要な品詞の解説2

【朋誠堂喜三二作喜多川行麿画『文武二道万石通』(天明八年刊)を参考に挿入画を作成】

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