では、「因果の花」の前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
本文
この男時【注1】女時【注2】とは、一切【注3】の勝負に、定めて【注4】、一方色めき【注5】て、よき時分になる【注6】ことあり。これを男時と心得べし【注7】。勝負の物数久しけれ【注8】ば、両方へ移り変はり移り変はりすべし【注9】。あるものにいはく、「勝負神とて、勝つ神負くる神、勝負の座敷を定めて守らせたまふべし【注10】。」弓矢の道に、宗と【注11】秘する【注12】ことなり【注13】。敵方【注14】の申楽よく出で来たら【注15】ば、勝神あなた【注16】にまします【注17】と心得て、まづ恐れをなすべし【注18】。これ、時の間の因果の二神にて【注19】ましませ【注20】ば、両方へ移り変はり移り変はりて、また我が方の時分になる【注21】と思はん【注22】時に、頼みたる【注23】能をすべし【注24】。これすなはち、座敷のうちの因果なり【注25】。返す返す、おろそかに【注26】思ふべからず【注27】。信あれば徳あるべし【注28】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 男時 | 名詞。意味は「運のよい時」。読みは「をどき」。 |
2 女時 | 名詞。意味は「運の悪い時」。読みは「めどき」。 |
3 一切 | 名詞。意味は「すべて」。 |
4 定めて | 副詞。意味は「必ず」。 |
5 色めき | カ行四段動詞「色めく」の連用形。意味は「活気づく」。 |
6 なる | ラ行四段動詞「なる」の連体形。 |
7 心得べし | ア行下二段動詞「心得(こころう)」の終止形+当然の助動詞「べし」の終止形。
「べし」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
8 久しけれ | シク活用の形容詞「久し」の已然形。意味は「多くの時間を費やす」。 |
9 すべし | サ変動詞「す」の終止形+推量の助動詞「べし」の終止形。意味は「~するにちがいない」。 |
10 守らせたまふべし | ラ行四段動詞「守る」の未然形+尊敬の助動詞「す」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の終止形+推量の助動詞「べし」の終止形。意味は「見守りなさっているにちがいない」。「せたまふ」は二重尊敬で、勝負神に対する敬意。 |
11 宗と | 副詞。意味は「第一に」。 |
12 秘する | サ変動詞「秘す」の連体形。 |
13 なり | 断定の助動詞「なり」の終止形。 |
14 敵方 | 名詞。意味は「相手方」。 |
15 出で来たら | カ変動詞「出で来」の連用形+完了の助動詞「たり」の未然形。意味は「できた」。 |
16 あなた | 代名詞。意味は「あちら」。 |
17 まします | サ行四段動詞「まします」の終止形。意味は「いらっしゃる」。「居る」の尊敬語。勝神に対する敬意。 |
18 なすべし | サ行四段動詞「なす」の終止形+当然の助動詞「べし」の終止形。 |
19 にて | 断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。意味は「~で」。
「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
20 ましませ | サ行四段動詞「まします」の已然形。意味は「いらっしゃる」。「居る」の尊敬語。二神に対する敬意。 |
21 なる | ラ行四段動詞「なる」の終止形。 |
22 思はん | ハ行四段動詞「思ふ」の未然形+婉曲の助動詞「ん」の連体形。意味は「思うような」。
「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
23 頼みたる | マ行四段動詞「頼む」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。意味は「頼りにしている」。 |
24 すべし | サ変動詞「す」の終止形+適当の助動詞「べし」の終止形。意味は「するのがよい」。 |
25 なり | 断定の助動詞「なり」の終止形。 |
26 おろそかに | ナリ活用の形容動詞「おろそかなり」の連用形。意味は「いいかげんだ」。 |
27 思ふべからず | ハ行四段動詞「思ふ」の終止形+命令の助動詞「べし」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。意味は「思ってはならない」。 |
28 あるべし | ラ変動詞「あり」の連体形+推量の助動詞「べし」の終止形。意味は「あるにちがいない」。 |
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現代語訳
この男時・女時というものは、(能だけに限らず)すべての勝負の世界で、必ず、一方が活気づいて、運のよい時になることがある。これを男時と心得るべきである。勝負の回数が増え、多くの時間を費やすと、男時は相手と自分の両方に移り変わり、移り変わりするにちがいない。ある書物で言われていたが、「勝負神といって、勝つ神と負ける神が(いらっしゃって)、勝負のあり所を必ず見守りなさっているにちがいない。」(とあった。)(これは)武芸の道で、第一に秘密にすることである。相手方の猿楽がよくできていたならば、勝つ神はあちらにいらっしゃると心得て、まず畏怖の念を持つべきである。この勝負神は時間の因果の二神でいらっしゃるので、相手と自分の両方に移り変わり、移り変わって、また自分の方のときにやって来たと思うような時に、自分が頼りにしている能をするのがよい。これがすなわち、演技場の因果である。くれぐれも、いい加減に思ってはならない。信心があれば、功徳があるにちがいない。
いかがでしたでしょうか。
この箇所で重要な文法事項は以下の通りです。
・「べし」と「にて」の識別ができるようにしておきましょう。
・敬語表現をきちんと訳せるようにしておきましょう。(注10・注17・注20)
大変勉強になりました。
すべて勝負事には
運がいい時と悪い時が
あるんですね。
そうなんですよ。
今日、あなたに会えたことは
私にとって本当に男時でした。
サインいただけますか?
いいですよ。
私も今が男時です。こんな早く
サインが売れるなんて。
えっ、売ってんの?
いくらですか?
三百両です。
高っけー。
そんなお金払えないですよ。
小金さんの演芸の値段も高いんですか?
いいえ。
軽業の観芸代は
二十四文です。
安っ!
なんで、サインだけ
高いんですか?
サインは事務所を通さない
闇営業なんで。
私、これで前の事務所、
辞めたんです。
闇営業かよ!
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