『義経記』「忠信、吉野山の合戦の事」の現代語訳と重要な品詞の解説2

  

では、「忠信、吉野山の合戦の事」の前回の続きの文章を見ていきましょう。

前回の解説はこちら。

  

『義経記』「忠信、吉野山の合戦の事」の現代語訳と重要な品詞の解説1

  

本文

 忠信は思ふほどに焼き上げて、広縁【注1】に立ちて申しける【注2】は、「大衆ども、万事を鎮めてこれを聞け【注3】。まことに九郎判官殿【注4】思ひ参らするかや【注5】。君はいづ方【注6】か落ちさせ給ひけん【注7】。これは九郎判官にて【注8】渡らせ給はぬぞ【注9】御内【注10】に佐藤四郎兵衛藤原忠信といふ者なり【注11】。わが討ち取りたる【注12】、人【注13】討ち取りたりと言ふべからず【注14】。腹切るぞ。首をば取りて、鎌倉殿【注15】見参【注16】入れよや【注17】。」と申し【注18】て、刀を抜き、左の脇の下を刺し貫くやうに【注19】して、刀をば鞘に差して、坊の内へ跳んで【注20】返り、走り入り、内殿【注21】引き梯【注22】より天井に上りて見けれ【注23】ば、東の鵄尾【注24】は、いまだ焼けざりけり【注25】関板【注26】をがばと踏み放し、跳んで出で見ければ、煙と炎は上がりけり。山を切りて崖造りにしたる【注27】なれ【注28】ば、山と坊の間、一丈ばかりには過ぎざりけり【注29】。「これほどの所を跳ね損じて死ぬる【注30】ほどの業になり【注31】ては、力及ばぬ【注32】ことなり【注33】八幡大菩薩【注34】知見【注35】垂れ給へ【注36】。」と祈誓して、えい声を出だして跳ねたりけれ【注37】ば、後ろの山へ相違なく【注38】飛びつきて、上の山にさし上がり、松の一むらありける【注39】所に鎧脱ぎ、うち敷きて、兜の鉢枕にして、敵【注40】あわてふためくありさまを、心静かに【注41】見澄ましてぞゐたりける【注42】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 広縁 名詞。幅の広い縁側のこと。読みは「ひろえん」。
2 申しける サ行四段動詞「申す」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。意味は「申し上げた」。「申し」は「言ふ」の謙譲語で、大衆どもに対する敬意。
3 聞け カ行四段動詞「聞く」の命令形。
4 九郎判官殿 名詞。源義経のこと。
5 思ひ参らするかや ハ行四段動詞「思ふ」の連用形+サ行下二段活用の補助動詞「参らす」の連体形+係助詞「か」+間投助詞「や」。意味は「思い差し上げるのかよ」。 「参らする」は謙譲語。九郎判官殿(義経)に対する敬意。

会話文の敬意の方向(誰から誰に)については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

古文の敬意の方向(誰から誰に)の解説

6 いづ方 指示代名詞。意味は「どこ」。
7 か落ちさせ給ひけん 係助詞「か」+タ行上二段動詞「落つ」の未然形+尊敬の助動詞「さす」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連用形+過去推量の助動詞「けん」の連体形。意味は「逃げなさっただろうか」。「させ給ひ」は二重尊敬で、君(義経)に対する敬意。「けん」は係助詞「か」に呼応している。
8 にて 断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。

「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「にて」の識別の解説

9 渡らせ給はぬぞ ラ行四段動詞「渡る」の未然形+尊敬の助動詞「す」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形+終助詞「ぞ」。意味は「いらっしゃらないぞ」。「渡る」は「あり」の尊敬語。「せ給は」は二重尊敬。「渡る」と「せ給は」は、共に義経に対する敬意。
10 御内 名詞。ここでは、義経の家臣のことを指す。読みは「おんうち」。
11 なり 断定の助動詞「なり」の終止形。
12 討ち取りたる ラ行四段動詞「討ち取る」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。
13 の 格助詞の主格。意味は「~が」。

「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助詞「の」の識別の解説

14 言ふべからず ハ行四段動詞「言ふ」の終止形+命令の助動詞「べし」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。 意味は「言ってはならない」。
15 鎌倉殿 名詞。源頼朝のこと。
16 見参 名詞。意味は「お目」。読みは「げんざん」。
17 入れよや ラ行下二段動詞「入る」の命令形。間投助詞「や」。
18 申し サ行四段動詞「申す」の連用形。「言ふ」の謙譲語。鎌倉殿(頼朝)に対する敬意。
19 やうに 比況の助動詞「やうなり」の連用形。
20 跳んで バ行四段動詞「跳ぶ」の連用形+接続助詞「て」。「跳て」が「跳で」に撥音便化している。
21 内殿 名詞。奥の部屋のこと。読みは「ないでん」。
22 引き梯 名詞。梯子のこと。読みは「ひきはし」。
23 見けれ マ行上一段動詞「見る」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。
24 鵄尾 名詞。建物の屋根の両端につけた飾り。しゃちほこの祖型。読みは「とびのお」。
25 焼けざりけり カ行下二段動詞「焼く」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。
26 関板 名詞。屋根を葺く板のこと。
27 したる サ変動詞「す」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。
28 なれ 断定の助動詞「なり」の已然形。
29 過ぎざりけり ガ行上二段動詞「過ぐ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。
30 死ぬる ナ変動詞「死ぬ」の連体形。
31 なり ラ行四段動詞「なる」の連用形。
32 及ばぬ バ行四段動詞「及ぶ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。
33 なり 断定の助動詞「なり」の終止形。
34 八幡大菩薩 名詞。源氏が信仰する神。
35 知見 名詞。神仏が見て知ること。
36 垂れ給へ ラ行下二段動詞「垂る」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の命令形。意味は「施しお示しください」。「給へ」は尊敬語で、八幡大菩薩に対する敬意。
37 跳ねたりけれ ナ行下二段動詞「跳ぬ」の連用形+完了の助動詞「たり」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。
38 相違なく ク活用の形容詞「相違なし」の連用形。意味は「確かである」。
39 ありける ラ変動詞「あり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。
40 の 格助詞の主格。意味は「~が」。
41 静かに ナリ活用の形容動詞「静かなり」の連用形。
42 ゐたりける ワ行上一段動詞「ゐる」の連用形+存続の助動詞「たり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。意味は「座っていた」。「ける」は係助詞「ぞ」に呼応している。

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現代語訳

 忠信は思う存分に宿坊を焼いて、幅の広い縁側に立って申し上げることには、「大勢の僧兵どもよ。すべて鎮まってこれを聞け。本当に(私を)九郎判官殿と思い差し上げているのか。我が君は(おそらく)どこかへ逃げなさったのだろうか。この私は九郎判官殿ではいらっしゃらないぞ。九郎判官殿の家臣の佐藤四郎兵衛藤原忠信と言う者である。自分が討ち取った、あの人が討ち取ったと言ってはならない。私は自分で腹を切るのだ。首を取って、鎌倉殿のお目に入れなさい。」と申して、刀を抜いて、左の脇の下を刺し貫くようにして、刀を鞘に差して、宿坊の中へ跳んで返り、走って、奥の部屋の梯子から天井に上って見たところ、東の鵄尾の所がまだ焼けていなかった。関板をがばっと踏んで外し、跳んで出てみたところ、煙と炎が上がっていった。山を切り開いて崖に造っている宿坊であるので、山と宿坊の間が、一丈(約3メートル)ぐらいに過ぎなかった。忠信は「これぐらいの所を跳び損ねて亡くなるほどの宿命になっては、是非ないことである。八幡大菩薩よ、御覧になって施しをお示しください。」と祈願して、「えい」と声を出して跳んだところ、後ろの山へ確かに飛びついて、上の山に上がり、松の一群れがあったところで鎧を脱ぎ、下に敷いて、兜の鉢を枕にして、敵があわてふためく様子を、心静かに眺めて座っていた。

  

いかがでしたでしょうか。

この箇所で重要な文法事項は以下の通りです。

  
  

・敬語表現がたくさん出てきますので、誰に対する敬意かが分かるようにしておきましょう。

・ 二重尊敬の「せ給ふ」・「させ給ふ」や謙譲語の「参らす」は敬語の種類と現代語訳が分かるようにしておきましょう(「注5」・「注7」・「注9」)。

・ 断定の助動詞の「なり」とラ行四段動詞の連用形の「なり」が見分けられるようにしておきましょう(「注31」・「注33」)。

  

続きは以下のリンクからどうぞ。

『義経記』「忠信、吉野山の合戦の事」の現代語訳と重要な品詞の解説3

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