お断り:この記事には、最初に倉橋先生とゆかいな仲間たちの戯れがあります。お急ぎの方は、上にある目次の見たい項目をクリックすると、その解説に飛びますので、そちらをご利用ください。なお、解説は真面目にしております。
さて、あの踊り念仏の女性に
見つからないように裏口から
そおっと…。
ふふふ。
待ってましたよ。
どうせ裏口から出てくるだろうと
思ってました。
げげ!
なんでいるの?
もう勘弁して下さいよー。
あなたの考えることなんて、
大体、想像できます。
大体、想像できます。
さあ、しっかり聞いてもらいますよ。
鎌倉までの道中記。
覚悟してちょうだい。
本文
二十五日、菊川を出で【注1】て、今日は大井川といふ川を渡る。水いとあせ【注2】て、聞きし【注3】には違ひて、わづらひなし。川原幾里とかや【注4】、いと遥かなり【注5】。水の【注6】出でたらむ【注7】面影、おしはからる【注8】。
思ひ出づる【注9】都のことはおほゐ川【注10】いく瀬の石の数も及ばじ【注11】
宇津の山越ゆる【注12】ほどにしも、阿闍梨の【注13】見知りたる【注14】山伏、行き会ひたり【注15】。「夢にも人を」など、昔をわざとまねびたらむ【注16】心地していと珍かに【注17】、をかしく【注18】も、あはれに【注19】も、優しくもおぼゆ【注20】。「急ぐ道なり【注21】。」と言へば、文もあまた【注22】はえ【注23】書かず【注24】、ただやむごとなき【注25】所一つにぞおとづれ【注26】聞こゆる【注27】。
我が心うつつ【注28】ともなし宇津の山夢路も遠き都恋ふとて
蔦楓しぐれぬ【注29】ひま【注30】も宇津の山涙に袖の色ぞ焦がるる【注31】
今宵は手越といふ所にとどまる。某の僧正とかやの上りとて、いと人しげし【注32】。宿りかねたりつれ【注33】ど、さすがに【注34】人のなき宿もありけり。
思ひ出づる【注9】都のことはおほゐ川【注10】いく瀬の石の数も及ばじ【注11】
宇津の山越ゆる【注12】ほどにしも、阿闍梨の【注13】見知りたる【注14】山伏、行き会ひたり【注15】。「夢にも人を」など、昔をわざとまねびたらむ【注16】心地していと珍かに【注17】、をかしく【注18】も、あはれに【注19】も、優しくもおぼゆ【注20】。「急ぐ道なり【注21】。」と言へば、文もあまた【注22】はえ【注23】書かず【注24】、ただやむごとなき【注25】所一つにぞおとづれ【注26】聞こゆる【注27】。
我が心うつつ【注28】ともなし宇津の山夢路も遠き都恋ふとて
蔦楓しぐれぬ【注29】ひま【注30】も宇津の山涙に袖の色ぞ焦がるる【注31】
今宵は手越といふ所にとどまる。某の僧正とかやの上りとて、いと人しげし【注32】。宿りかねたりつれ【注33】ど、さすがに【注34】人のなき宿もありけり。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 出で | ダ行下二段動詞「出づ」の連用形。 |
2 あせ | サ行下二段動詞「あす」の連用形。意味は「水がかれる」。 |
3 聞きし | カ行四段動詞「聞く」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。 |
4 とかや | 格助詞「と」+係助詞「か」+間投助詞「や」。意味は「~であるか」。 |
5 遥かなり | ナリ活用の形容動詞「遥かなり」の終止形。 |
6 の |
格助詞の主格。意味は「~が」。 「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
7 出でたらむ | ダ行下二段動詞「出づ」の連用形+存続の助動詞「たり」の未然形+仮定の助動詞「む」の連体形。 |
8 る | 自発の助動詞「る」の終止形。 |
9 思ひ出づる | ダ行下二段動詞「思ひ出づ」の連体形。 |
10 おほゐ川 | 名詞。「多い」と「大井川」の掛詞になっている。 |
11 じ | 打消推量の助動詞「じ」の終止形。 |
12 越ゆる | ヤ行下二段動詞「越ゆ」の連体形。 |
13 の | 格助詞の主格。 |
14 たる | 存続の助動詞「たり」の連体形。 |
15 たり | 完了の助動詞「たり」の終止形。 |
16 まねびたらむ |
バ行四段動詞「まねぶ」の連用形+完了の助動詞「たり」の未然形+婉曲の助動詞「む」の連体形。意味は「まねたような」。 「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
17 珍かに | ナリ活用の形容動詞「珍かなり」の連用形。 |
18 をかしく | シク活用の形容詞「をかし」の連用形。 |
19 あはれに | ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形。 |
20 おぼゆ | ヤ行下二段動詞「おぼゆ」の終止形。 |
21 なり | 断定の助動詞「なり」の終止形。 |
22 あまた | 副詞。意味は「たくさん」。 |
23 え | 副詞。下に打消表現を伴って、「~できない」と訳す。 |
24 ず | 打消の助動詞「ず」の連用形。 |
25 やむごとなき | ク活用の形容詞「やむごとなし」の連体形。意味は「尊い・高貴である」。ここでは、後深草天皇の皇女を産んだ作者の娘のことを指す。 |
26 おとづれ | 名詞。意味は「手紙」。 |
27 聞こゆる | ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連体形。謙譲語。意味は「差し上げる」。係助詞「ぞ」に呼応している。 |
28 うつつ | 名詞。意味は「現実」。 |
29 しぐれぬ | ラ行下二段動詞「しぐる」+打消の助動詞「ず」の連体形。意味は「時雨が降らない」。 |
30 ひま | 名詞。意味は「時」。 |
31 焦がるる | ラ行下二段動詞「焦がる」の連体形。係助詞「ぞ」に呼応している。 |
32 しげし | ク活用の形容詞「しげし」の終止形。意味は「多い」。 |
33 宿りかねたりつれ | ラ行四段動詞「宿る」の連用形+動詞の連用形に付いて「不可能」を表す接尾語「かぬ」の連用形+存続の助動詞「たり」の連用形+完了の助動詞「つ」の已然形。 |
34 さすがに | 副詞。意味は「そうはいってもやはり」。 |
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現代語訳
二十五日、菊川を出て、今日は大井川という川を渡る。水が涸れて、聞いていたのとは違って、(渡るのに)苦労がない。川原は何里くらいあるのであろうか、とても広い。川の水が(氾濫して)溢れ出たとしたら、その様子は、(どうなるかと)思いやられる。
思い出す都のことはとても多く、大井川の川瀬にいくつもある石の数も、それには及ばないだろう。
宇津の山を越える時に、阿闍梨(作者の息子)の見知っている山伏が、向こうからやって来て会った。(『伊勢物語』第九段にある和歌)「夢にも人を」などと、先人が詠んだ歌を、わざとまねたような気持ちがして、とてもめったになく、趣があり、風情で、優雅にも思われる。(山伏が)「急ぎの旅である。」と言うので、(託したい)手紙もたくさんは書くことができず、ただ尊いお方(後深草天皇の皇女を産んだ作者の娘)の所へ一つ手紙を差し上げる。
私の心は(この旅を)現実とも思えません。宇津の山に来て、夢の中でさえ遠い都を恋い慕っております。
蔦や楓に時雨が降らない期間の宇津の山で、私の袖は血の涙で赤く染まっています。
今夜は手越という所に泊まる。某僧正とかいう方の上洛であるといって、たいへん人が多い。宿を取ることができそうになかったが、そうはいってもやはり旅人が泊まっていない宿もあった。
思い出す都のことはとても多く、大井川の川瀬にいくつもある石の数も、それには及ばないだろう。
宇津の山を越える時に、阿闍梨(作者の息子)の見知っている山伏が、向こうからやって来て会った。(『伊勢物語』第九段にある和歌)「夢にも人を」などと、先人が詠んだ歌を、わざとまねたような気持ちがして、とてもめったになく、趣があり、風情で、優雅にも思われる。(山伏が)「急ぎの旅である。」と言うので、(託したい)手紙もたくさんは書くことができず、ただ尊いお方(後深草天皇の皇女を産んだ作者の娘)の所へ一つ手紙を差し上げる。
私の心は(この旅を)現実とも思えません。宇津の山に来て、夢の中でさえ遠い都を恋い慕っております。
蔦や楓に時雨が降らない期間の宇津の山で、私の袖は血の涙で赤く染まっています。
今夜は手越という所に泊まる。某僧正とかいう方の上洛であるといって、たいへん人が多い。宿を取ることができそうになかったが、そうはいってもやはり旅人が泊まっていない宿もあった。
いかがでしたでしょうか。
注7と注16に助動詞の「む」が出てきますが意味が異なりますので、きちんと識別できるようにしておきましょう。
また、「やむごとなき」が、「作者の娘」であることも理解しておきましょう。「月影の谷」で、作者のもとに、返歌がきますが、この返歌のは「作者の娘」のものです。自分の娘ですが、天皇の娘を産んだため、敬語表現が使われています。
ありがとうございました。
あれは、実の娘からの返歌でしたんですね。
疑問が解決しました。
では、これにて失礼。
お待ち!
まだ、「駿河路」終わってません!
最後まで聞いていきなさい。
では、続きをどうぞ。
【山東京伝作北尾重政画『堪忍袋緒〆善玉』(寛政五年刊)を参考に挿入画を作成】