では、「馬盗人」の前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
本文
親は、「我が子必ず追ひて来らむ【注1】。」と思ひけり。子は、「我が親は必ず追ひて前におはしぬらむ【注2】。」と思ひて、それに遅れじ【注3】と走らせ【注4】つつ行きけるほどに、河原過ぎにけれ【注5】ば、雨もやみ空も晴れにければ、いよいよ【注6】走らせて追ひ行くほどに、関山に行きかかりぬ【注7】。
この盗人は、その盗みたる【注8】馬に乗りて、「今は逃げ得ぬ【注9】。」と思ひければ、関山のそばに水にて【注10】ある所、いたく【注11】も走らせず【注12】して【注13】、水をつぶつぶと歩ばして【注14】行きけるに、頼信これを聞きて、事【注15】しもそこそこにもとより契りたらむ【注16】やうに、暗けれ【注17】ば頼義が有り無しも知らぬ【注18】に、頼信、「射よ【注19】、かれや。」と言ひける言もいまだ果てぬ【注20】に、弓の音すなり【注21】。尻答へぬ【注22】と聞くに合はせて、馬の【注23】走りて行く鐙の【注24】、人も乗らぬ【注25】音にて【注26】からからと聞こえけれ【注27】ば、また頼信がいはく、「盗人はすでに射落としてけり【注28】。速やかに【注29】末【注30】に走らせ会ひて、馬を取りて来よ【注31】。」とばかり言ひかけて、取りて来らむ【注32】をも待たず、そこより帰りければ、末に走らせ会ひて、馬を取りて帰りけるに、郎等【注33】どもはこのことを聞きつけて、一、二人づつぞ道に来たり【注34】会ひにける【注35】。
この盗人は、その盗みたる【注8】馬に乗りて、「今は逃げ得ぬ【注9】。」と思ひければ、関山のそばに水にて【注10】ある所、いたく【注11】も走らせず【注12】して【注13】、水をつぶつぶと歩ばして【注14】行きけるに、頼信これを聞きて、事【注15】しもそこそこにもとより契りたらむ【注16】やうに、暗けれ【注17】ば頼義が有り無しも知らぬ【注18】に、頼信、「射よ【注19】、かれや。」と言ひける言もいまだ果てぬ【注20】に、弓の音すなり【注21】。尻答へぬ【注22】と聞くに合はせて、馬の【注23】走りて行く鐙の【注24】、人も乗らぬ【注25】音にて【注26】からからと聞こえけれ【注27】ば、また頼信がいはく、「盗人はすでに射落としてけり【注28】。速やかに【注29】末【注30】に走らせ会ひて、馬を取りて来よ【注31】。」とばかり言ひかけて、取りて来らむ【注32】をも待たず、そこより帰りければ、末に走らせ会ひて、馬を取りて帰りけるに、郎等【注33】どもはこのことを聞きつけて、一、二人づつぞ道に来たり【注34】会ひにける【注35】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 来らむ | カ変動詞「来(く)」の終止形+現在推量の助動詞「らむ」の終止形。意味は「来ているだろう」。 |
2 おはしぬらむ | サ変動詞「おはす」の連用形+強意(確述)の助動詞「ぬ」の終止形+現在推量の助動詞「らむ」の終止形。意味は「きっといらしているだろう」。
重要な尊敬語「おはす」については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 会話文の敬意の方向(誰から誰に)については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
3 遅れじ | ラ行下二段動詞「遅る」の未然形+打消意志の助動詞「じ」の終止形。意味は「遅れまい」。 |
4 走らせ | ラ行四段動詞「走る」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形。意味は「走らせる」。 |
5 過ぎにけれ | ガ行上二段動詞「過ぐ」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。意味は「過ぎてしまった」。 |
6 いよいよ | 副詞。意味は「ますます」。 |
7 行きかかりぬ | ラ行四段動詞「行きかかる」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。意味は「さしかかった」。 |
8 盗みたる | マ行四段動詞「盗む」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。 |
9 逃げ得ぬ | ア行下二段動詞「逃げ得(う)」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。意味は「逃げることができた」。 |
10 にて | 断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。
「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
11 いたく | 副詞。意味は「たいして」。 |
12 走らせず | ラ行四段動詞「走る」の未然形+使役の助動詞「す」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。意味は「走らせない」。 |
13 して | 接続助詞。意味は「~で」。 |
14 歩ばして | サ行四段動詞「歩ばす」の連用形+接続助詞「て」。意味は「歩かせて」。 |
15 事 | 名詞。意味は「任務」。 |
16 契りたらむ | ラ行四段動詞「契る」の連用形+完了の助動詞「たり」の未然形+婉曲の助動詞「む」の連体形。意味は「約束したような」。
「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
17 暗けれ | ク活用の形容詞「暗し」の已然形。 |
18 知らぬ | ラ行四段動詞「知る」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。 |
19 射よ | ヤ行上一段動詞「射る」の命令形。 |
20 果てぬ | タ行下二段動詞「果つ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。意味は「終わらない」 |
21 すなり | サ変動詞「す」の終止形+推定の助動詞「なり」の終止形。意味は「~するのが聞こえる」。 |
22 尻答へぬ | ハ行下二段動詞「尻答ふ」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。意味は「手ごたえがあった」。 |
23 の | 格助詞の主格。意味は「~が」。
「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
24 の | 格助詞の主格。意味は「~が」。 |
25 乗らぬ | ラ行四段動詞「乗る」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。 |
26 にて | 断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。 |
27 聞こえけれ | ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。意味は「聞こえた」。 |
28 射落としてけり | サ行四段動詞「射落とす」の連用形+完了の助動詞「つ」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。意味は「射落としてしまった」。 |
29 速やかに | ナリ活用の形容動詞「速やかなり」の連用形。 |
30 末 | 名詞。馬が行ったその方向のこと。 |
31 来よ | カ変動詞「来(く)」の命令形。 |
32 来らむ | カ変動詞「来(く)」の終止形+婉曲の助動詞「らむ」の連体形。意味は「来ているような」。 |
33 郎等 | 名詞。意味は「従者」。読みは「ろうどう」。 |
34 来たり | ラ行四段動詞「来たる」の連用形。意味は「やって来る」。 |
35 会ひにける | ハ行四段動詞「会ふ」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。「ける」は係助詞「ぞ」に呼応している。 |
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現代語訳
親の頼信は、「わが子は必ず追って来ているだろう。」と思っていた。子の頼義は、「わが親は必ず盗人を追って私の前にきっといらしているだろう。」と思って、それに遅れまいと馬を走らせながら行くうちに、(鴨川の)河原を過ぎてしまったところ、雨もやみ空も晴れてしまったので、ますます馬を(早く)走らせて追って行くうちに、関山にさしかかった。
この盗人は、盗んだ馬に乗って、「もう逃げることだできた。」と思っていたので、関山のそばで水がある所で、馬をたいして走らせないで、水をじゃぶじゃぶとさせながら歩かせて行っていた時に、頼信はこれを聞いて、(盗人を討ち取る)任務をどこそこでと、最初から約束したような様子で、暗いので頼義がいるのかいないのかも分からないのに、頼信は、「射ろ、あれだ。」と言った言葉もまだ終わらないうちに、弓の音がするのが聞こえる。手ごたえがあった音を聞くと同時に、馬が走って行って鐙が、人が乗っていない音でからからと(鳴っていたのが)聞こえたので、また頼信が言うことには、「盗人はすでに射落としてしまった。すぐに馬が行く方向に(そなたの馬を)走らせてたどり着いて、馬を連れて来い。」とだけ言葉をかけて、連れて来ているような状況も待たず、そこから帰ったので、(頼義は)馬が行く方向に自分の馬を走らせてたどり着いて、馬を連れて帰った時に、従者たちがこのことを聞きつけて、一人、二人ずつ道の途中でやって来て合流した。
この盗人は、盗んだ馬に乗って、「もう逃げることだできた。」と思っていたので、関山のそばで水がある所で、馬をたいして走らせないで、水をじゃぶじゃぶとさせながら歩かせて行っていた時に、頼信はこれを聞いて、(盗人を討ち取る)任務をどこそこでと、最初から約束したような様子で、暗いので頼義がいるのかいないのかも分からないのに、頼信は、「射ろ、あれだ。」と言った言葉もまだ終わらないうちに、弓の音がするのが聞こえる。手ごたえがあった音を聞くと同時に、馬が走って行って鐙が、人が乗っていない音でからからと(鳴っていたのが)聞こえたので、また頼信が言うことには、「盗人はすでに射落としてしまった。すぐに馬が行く方向に(そなたの馬を)走らせてたどり着いて、馬を連れて来い。」とだけ言葉をかけて、連れて来ているような状況も待たず、そこから帰ったので、(頼義は)馬が行く方向に自分の馬を走らせてたどり着いて、馬を連れて帰った時に、従者たちがこのことを聞きつけて、一人、二人ずつ道の途中でやって来て合流した。
いかがでしたでしょうか。
この箇所は、人物がたくさん出てきて、動作が入り乱れていますので、主語が誰であるかをきちんと確認する必要があります。
特に、現代語訳で傍線を付けた「頼義」の箇所は動作から誰が主語であるかと判断しなければならない箇所ですので、きちんと確認しておきましょう。
また、この箇所には助動詞が複数組み合わさせているものがたくさんあります。
「注2」・「注16」・「注28」はよく問われますので、意味と現代語訳ができるようにしておきましょう。
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