✔この記事で解決できること
・現代語訳が分かります。
・単語の意味が分かります。
・テストが聞かれる重要箇所が分かります。
先生、大変です!!
どうかしましたか?
私も門下生に
よく言われます。
それでどうするのですか?
僕にください。
ラッキー。
でも・・、それ・・、
お高いでしょ・・・。
訳と意味が付いて
タダー!!
とにかくあげますよ。
『舞姫』本文(第一段落)
石炭をばはや積み果てつ【注1】。中等室の卓(つくえ)のほとりはいと静かにて、熾熱灯【注2】(しねつとう)の光の晴れがましきもいたづらなり【注3】。こよひは夜ごとにここに集ひ来る骨牌【注4】(かるた)仲間もホテルに宿りて、船に残れる【注5】は余一人のみなれば。五年(いつとせ)前のことなりしが、平生(ひごろ)の望み足りて、洋行の官命をかうむり、このセイゴン【注6】の港まで来(こ)し頃は、目に見るもの、耳に聞くもの、一つとして新たならぬはなく、筆に任せて書き記しつる【注7】紀行文日ごとに幾千言をかなしけん【注8】、当時の新聞に載せられて、世の人にもてはやされしかど、今日になりて思へば、幼き思想、身の程知らぬ放言、さらぬ【注9】も尋常(よのつね)の動植金石、さては風俗などをさへ珍しげにしるししを、心ある人はいかにか見けん【注10】。こたびは途に上りしとき、日記(にき)ものせんとて買ひし冊子もまだ白紙のままなるは、独逸(ドイツ)にて物学びせし間に、一種のニル‐アドミラリイ【注11】の気象をや養ひ得たりけん【注12】、あらず、これには別に故あり。
げに【注13】東(ひんがし)に還る今の我は、西に航せし昔の我ならず、学問こそなほ心に飽き足らぬところも多かれ、浮き世のうきふしをも知りたり、人の心の頼みがたきは言ふも更なり、我と我が心さへ変はりやすきをも悟り得たり。昨日の是は今日の非なる我が瞬間の感触を、筆に写して誰にか見せん【注14】。これや日記の成らぬ縁故なる、あらず、これには別に故あり。
ああ、ブリンヂイシイ【注15】の港を出でてより、はや二十日あまりを経(へ)ぬ。世の常ならば生面【注16】(せいめん)の客にさへ交はりを結びて、旅の憂さを慰め合ふが航海の習ひなるに、微恙【注17】(びよう)にことよせて【注18】房(へや)の内にのみ籠もりて、同行の人々にも物言ふことの少なきは、人知らぬ恨みに頭のみ悩ましたればなり。この恨みは初め一抹の雲のごとく我が心をかすめて、瑞西(スイス)の山色をも見せず、伊太利(イタリア)の古跡にも心をとどめさせず、中頃は世をいとひ、身をはかなみて、腸(はらわた)日ごとに九廻す【注19】ともいふべき惨痛を我に負はせ、今は心の奥に凝り固まりて、一点の翳とのみなりたれど、文読むごとに、物見るごとに、鏡に映る影、声に応ずる響きのごとく、限りなき懐旧の情を呼び起こして、幾度となく我が心を苦しむ。ああ、いかにしてかこの恨みを銷せん【注20】。もしほかの恨みなりせば、詩に詠じ歌によめる後は心地すがすがしくもなりなん【注21】。これのみはあまりに深く我が心に彫りつけられたればさはあらじ【注22】と思へど、こよひはあたりに人もなし、房奴【注23】の来て電気線の鍵をひねるにはなほ程もあるべければ、いで、その概略(あらまし)を文につづりてみん【注24】。
『舞姫』語句の意味(第一段落)
語句【注】 | 意味 |
1 果てつ | 終えてしまった。「つ」は完了の助動詞。 |
2 熾熱灯 | 白熱電灯。 |
3 いたづらなり | むなしい。ナリ活用の形容動詞。 |
4 骨牌 | トランプ。 |
5 残れる | 残っている。「る」は存続の助動詞。 |
6 セイゴン | 地名。サイゴン。 |
7 記しつる | 記した。「つる」は完了の助動詞。 |
8 かなしけん | つらなっただろうか。「か」は係助詞の疑問。「けん」は過去推量の助動詞。 |
9 さらぬ | たいしたことのない。 |
10 いかにか見けん | どのように見たのだろうか。「か」は係助詞の疑問。「けん」は過去推量の助動詞。 |
11 ニル‐アドミラリイ | 何事にも無感動なこと。 |
12 や養ひ得たりけん | はぐくんだのだろうか。「や」は係助詞の疑問。「けん」は過去推量の助動詞。 |
13 げに | まことに・実際に。 |
14 誰にか見せん | 誰に見せようか。「か」は係助詞の疑問。「ん」は意志の助動詞。 |
15 ブリンヂイシイ | イタリアの港。ブリンジジ。 |
16 生面 | 初対面。 |
17 微恙 | ちょっとした病気。 |
18 ことよせて | 言い訳にして。 |
19 腸(はらわた)日ごとに九廻す | 憂えもだえて腸がねじれるほど深く悲しむこと。「断腸の思い」と同じ。 |
20 銷せん | 消そう。「ん」は意志の助動詞。 |
21 なりなん | きっとなるだろう。「な」は強意の助動詞。「ん」は推量の助動詞。 |
22 さはあらじ | そうはあるまい。「じ」は打消意志の助動詞。 |
23 房奴 | ボーイ。 |
24 つづりてみん | 書いてみよう。「ん」は意志の助動詞。 |
『舞姫』現代語訳(第一段落)
(船の燃料である)石炭を早くも積み終えてしまった。中等室の机のあたりはたいへん静かで、白熱電灯の光が晴れがましいのもむなしい。今夜は、毎晩ここに集まってくるカルタ仲間もホテルに宿泊していて、船内に残っているのは私ひとりのみであるからだ。5年前のことであったが、日ごろの望みがかなって、ヨーロッパへの渡航の官命を受け、最初にこのセイゴンの港まで来た頃は、目に見るもの、耳に聞くもの、ひとつも新鮮でないものはなく、筆にまかせて書きしるした紀行文は毎日何千のことばにつらなっただろうか、当時の新聞に掲載されて、世のなかの人にもてはやされたけれど、今日になって思うと、稚拙な思想、身のほど知らずの放言、たいしたことのない普通の動植物や鉱物、または風俗などまでも珍しげに書き記したのを、分別ある人はどのように見ただろうか。今回は旅に出たときに「日記を書こう」と思って買った冊子もまだ白紙のままであるのは、ドイツで学問をしたあいだに、一種の「ニル‐アドミラリイ(なにごとにも驚かないこと)」の心をはぐくんだのだろうか。そうではない。これには別の理由がある。
実際に東(日本)に帰る今の私は、西(ドイツ)に渡航した昔の私ではない。学問こそなお心に飽きたらないところも多いが、世間の浮き沈みも知ってしまった。人の心の信じがたいことは言うまでもなく、私と私の心までも変わりやすいことも悟った。昨日はよいとされたことが今日はよくないとされる瞬間の感触を、筆にあらわして誰に見せようか。これが日記を書けない理由だろうか、そうではない。これには別の理由がある。
ああ、ブリンヂイシイ(イタリアの町)の港を出てから、はや二十日あまりが経った。世の常ならば初対面の乗客にも交際して、旅のつらさを慰め合うのが航海の習いだが、ちょっとした病気を言いわけにして、部屋のなかにばかり籠って、同行の人々にも言葉をかわすことが少ないのは、誰も知らない未練に頭を悩ましていたからである。この未練は、はじめのうちは、少しの雲のように私の心をかすめて、私にスイスの山の景色も見せず、イタリアの遺跡にも関心をおこさせなかった。次には、世の中を嫌いになり、自分自身をはかなんで、腸が何度も回転すると言うべき苦痛を私に背負わせ、今となっては、私の心の奥に凝り固まって、ただ一点の影となっているけれど、私が書物を読むたびに、ものを見るたびに、鏡に映る影や声に応じる反響のように、私に限りない懐旧の気持ちを呼び起こさせて、何度となく心を苦しめる。ああ、どのようにしてこの未練を消そうか。もしほかの未練ならば、漢詩に詠みこんだり和歌のなかに詠みこんだりして、その後は、心がきっとすがすがしくもなるだろう。しかしこの未練だけはあまりに深く私の心に刻みつけられたので、そうはあるまいと思うのだが、今夜はあたりに人もいないし、ボーイが電気線の鍵を回しに来るまでに時間もあるだろうから、どれ、その概略を書いてみよう。
『舞姫』第一段落重要箇所
いかがでしたでしょうか。
第一段落で特に重要な箇所は次の通りです。
・「別に故あり。」の「故」とはどのようなことでしょう?
→「限りなき懐旧の情」が「人知らぬ恨み」となって何度も「我」の心を苦しめること。
・「さはあらじ」の「さ」は何をさしているでしょう?
→「心地すがすがしくもなりなん。」
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