では、前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
『忍音(しのびね)物語』「偽りの別れ」の現代語訳と重要な品詞の解説1
本文
馬道【注1】にたたずみ暮らして、かの御局【注2】へ紛れ入り給ふ。世の常の中だに【注3】も、別れはかなしかる【注4】べき【注5】を、なかなか【注6】目もくれて、ものもおぼえず【注7】。「ただ候ひ【注8】つき給へ【注9】。野山の末にても、かやうにて候ひ給ふと聞かば、いとうれしかる【注10】べし【注11】。いかなる方【注12】へあくがれ【注13】出で給ふとも、女は身を心にまかせぬ【注14】ものにて、思ひのほかなることもまたあらば、いと本意なかる【注15】べし【注16】。御心となびき【注17】奉り【注18】給ふと思はばこそ、恨みもあらめ【注19】。今よりは、吾子がことをこそおぼさ【注20】め【注21】。おとなしく【注22】もならば、殿もわが代はりとおぼして、宮仕ひに出だし立て給はんず【注23】らん【注24】。さやうのときは、御覧じも、または見奉ることもあるべし【注25】。わが身こそ、ただ今よりほかは、夢ならず【注26】して見え奉ら【注27】じ【注28】。」とて、さめざめと泣き給へば、姫君は、「ただいづくまでも、もろともに【注29】具し【注30】ておはせよ【注31】。さらに【注32】残りとどまらじ。おくらかし【注33】給はん【注34】が心憂き【注35】こと。」と慕ひ給へば、かくてはかなはじとおぼして、「さらば力なし【注36】。具し奉るべし【注37】。この暮れを待ち給へ。参り【注38】て、暁にもろともに出で【注39】侍らん【注40】。まづただ今はあまりに慌たたしけれ【注41】ば、いま一度、殿【注42】の御顔をも、吾子をも見【注43】侍らん。」と、いとよくすかし【注44】給へば、
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 馬道 | 名詞。二つの建物の間に板を渡し、廊下のようにした所のこと。読みは「めんどう・めどう」。 |
2 かの御局 | 姫君のいる部屋のこと。 |
3 だに | 副助詞。意味は「~だけでも・~さえ」。 |
4 かなしかる | シク活用の形容詞「かなし」の連体形。 |
5 べき |
当然の助動詞「べし」の連体形。「べき」の後に「こと」が省略されている。 |
6 なかなか | 副詞。意味は「かえって」。 |
7 おぼえず | ヤ行下二段動詞「おぼゆ」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。意味は「わからない」。 |
8 候ひ | ハ行四段動詞「候ふ」の連用形。「仕ふ」の謙譲語。意味は「お仕えする」。 |
9 給へ | ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の命令形。尊敬語。 |
10 うれしかる | シク活用の形容詞「うれし」の連体形。 |
11 べし | 推量の助動詞「べし」の終止形。 |
12 いかなる方 | ナリ活用の形容動詞「いかなり」の連体形+名詞。意味は「どのような所」。 |
13 あくがれ | ラ行下二段動詞「あくがる」の連用形。意味は「心惹かれる・さまよう」。 |
14 まかせぬ | サ行下二段動詞「まかす」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。意味は「まかせない」。 |
15 本意なかる | ク活用の形容詞「本意なし」の連体形。意味は「不本意である」。 |
16 べし | 推量の助動詞「べし」の終止形。 |
17 なびき | カ行四段動詞「なびく」の連用形。意味は「心を寄せる」。 |
18 奉り | ラ行四段活用の補助動詞「奉る」の連用形。謙譲語。意味は「差し上げる」。 |
19 め |
推量の助動詞「む」の已然形。 |
20 おぼさ | サ行四段動詞「おぼす」の未然形。「思ふ」の尊敬語。 |
21 め | 適当の助動詞「む」の已然形。 |
22 おとなしく | シク活用の形容詞「おとなし」の連用形。意味は「大人になる」。 |
23 んず | 意志の助動詞「んず」の終止形。意味は「~よう」。 |
24 らん | 推量の助動詞「らん」の終止形。 |
25 べし | 推量の助動詞「べし」の終止形。 |
26 ならず | 断定の助動詞「なり」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。 |
27 見え奉ら | ヤ行下二段動詞「見ゆ」の連用形+ラ行四段活用の補助動詞「奉る」の未然形。意味は「拝見する」。 |
28 じ | 打消意志の助動詞「じ」の已然形。意味は「~まい」。 |
29 もろともに | 副詞。意味は「一緒に」。 |
30 具し | サ変動詞「具す」の連用形。意味は「連れていく」。 |
31 おはせよ | サ変動詞「おはす」の命令形。「居る」の尊敬語。意味は「いらっしゃる」。 |
32 さらに | 副詞。意味は「決して」。 |
33 おくらかし | サ行四段動詞「おくらかす」の連用形。意味は「置き去りにする」。 |
34 ん | 婉曲の助動詞「ん」の連体形。「ん」の後に「こと」が省略されている。意味は「~ような」。 |
35 心憂き | ク活用の形容詞「心憂し」の連体形。意味は「つらい・情けない」。 |
36 力なし | ク活用の形容詞「力なし」の終止形。意味は「どうしようもない・仕方がない」。 |
37 奉るべし |
ラ行四段活用の補助動詞「奉る」の終止形+意志の助動詞「べし」の終止形。意味は「差し上げよう」。 |
38 参り | ラ行四段動詞「参る」の連用形。「行く」の謙譲語。 |
39 出で | ダ行下二段動詞「出づ」の連用形。 |
40 侍らん | ラ行変格活用の補助動詞「侍り」の未然形+意志の助動詞「ん」の終止形。 |
41 慌ただしけれ | シク活用の形容詞「慌ただし」の已然形。 |
42 殿 | 名詞。父である内大臣のこと。 |
43 見 | マ行上一段動詞「見る」の連用形。 |
44 すかし | サ行四段動詞「すかす」の連用形。意味は「言いくるめる」。 |
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現代語訳
中納言は馬道にたたずんで、日が暮れるまで時間を過ごし、姫君のいる部屋へ紛れ込みなさる。普通の時でさえも、別れは悲しいはずなのに、二人の別れは、かえって目もくらんで、どうしたらよいか分からない。中納言は姫君に、「ただいつもみたいに帝にお仕え従いなされ。野山の果てで、このようにあなたがお仕えなさっていると聞くと、私はとてもうれしいでしょう。(万が一)あなたが(出家のために)どのような場所へさまよい出なさっても、女性は、身の上を思いに任せないものであって、また予想外のこと(出家した姫君を帝が連れ戻す)が起こる場合、(その出家は)とても不本意になるでしょう。(そして)あなたが帝に自分の心を寄せ差し上げなさると思ったら、私は恨むこともあるでしょう。(ですから)これからは我が子(若君)のことをお思いになるのがよいでしょう。若君が大人になったなら、父上も(出家した)私の代わりとお思いになって、若君を宮仕えに出しなさろうとするでしょう。そのような時は、あなたは若君を御覧になることも、また若君はあなたを拝見することもあるでしょう。(最後に)私のことは、これより後は、夢でないとき(現実)に拝見することはありません。」と言って、静かに泣きなさるので、姫君は、「ただどこまでも、一緒に私を連れていらっしゃってください。決してここに残り留まりません。私を置き去りになさるようなことは、つらいことです。」と慕いなさるので、中納言はこうなっては(出家が)かなわないとお思いになって、「それならば仕方がない。連れて差し上げましょう。今日の夕暮れをお待ちください。夕暮れに参って、夜明けに一緒に出ましょう。ただ今はあまりに慌ただしいので、もう一度、父上の御顔を我が子の顔を見ておきましょう。」と上手に言いくるめなさったところ、
いかがでしたでしょうか。
中納言と姫君の会話はこの場面よりも前の話の状況が分からないと理解できない箇所が多くありますので、現代語訳のカギ括弧の部分の補足を参考にして、内容を理解するように心がけましょう。
ありがとうございました。
今回やったところまでだと、
まだ姫君と別れていないのですが、
いつになったら別れるのでしょうか?
ふふふ、まだまだ先です。
ここが見せ場ですから、引っぱりますよー。
格闘漫画と一緒です。
続きは以下のリンクからどうぞ。