では、「若紫との出会い」の前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
『源氏物語』「若紫との出会い」の現代語訳と重要な品詞の解説4
本文
ただ今、おのれ見捨て奉ら【注1】ば、いかで【注2】世におはせむ【注3】とすらむ【注4】。」とて、いみじく泣くを見給ふ【注5】も、すずろに【注6】悲し。をさな心地にも、さすがに【注7】うちまもり【注8】て、伏し目になりてうつぶしたる【注9】に、こぼれかかりたる【注10】髪、つやつやとめでたう【注11】見ゆ。
生ひ立たむ【注12】ありかも知らぬ【注13】若草【注14】をおくらす【注15】露【注16】ぞ消えむ【注17】そらなき【注18】
またゐたる【注19】大人、「げに【注20】。」とうち泣きて、
はつ草【注21】の【注22】生ひゆく末も知らぬまにいかでか【注23】露の【注24】消えむ【注25】とすらむ【注26】
と聞こゆる【注27】ほどに、
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 見捨て奉ら | タ行下二段動詞「見捨つ」の連用形+ラ行四段活用の補助動詞「奉る」の未然形。意味は「見捨て差し上げる」。「奉ら」は謙譲語で、若紫に対する敬意。 |
2 いかで | 副詞。意味は「どうやって」。 |
3 おはせむ | サ変動詞「おはす」の未然形+意志の助動詞「む」の終止形。意味は「いらっしゃろう」。「おはせ」は尊敬語で、若紫に対する敬意。
重要な尊敬語「おはす」については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
4 すらむ | サ変動詞「す」の終止形+原因推量の助動詞「らむ」の連体形。意味は「するのだろう」。 |
5 見給ふ | マ行上一段動詞「見る」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連体形。意味は「ご覧になる」。「給ふ」は尊敬語で、光源氏に対する敬意。 |
6 すずろに | ナリ活用の形容動詞「すずろなり」の連用形。意味は「思いがけない」。 |
7 さすがに | 副詞。意味は「そうはいってもやはり」。 |
8 うちまもり | ラ行四段動詞「うちまもる」の連用形。意味は「じっと見つめる」。 |
9 うつぶしたる | サ行四段動詞「うつぶす」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。意味は「顔を下に向けた」。 |
10 こぼれかかりたる | ラ行四段動詞「こぼれかかる」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。意味は「垂れかかっている」。 |
11 めでたう | ク活用の形容詞「めでたし」の連用形。意味は「すばらしい」。「めでたう」は「めでたく」がウ音便化している。 |
12 生ひ立たむ | タ行四段動詞「生ひ立つ」の未然形+婉曲の助動詞「む」の連体形。意味は「育っていくような」。 |
13 知らぬ | ラ行四段動詞「知る」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。意味は「分からない」。 |
14 若草 | 名詞。生えたばかりの草のことだが、ここでは若紫の比喩。 |
15 おくらす | サ行四段動詞「おくらす」の連体形。意味は「この世に残す」。 |
16 露 | 名詞。葉につく露のことだが、ここでは若紫の祖母である尼君の比喩。「露」は「消ゆ」の縁語。 |
17 消えむ | ヤ行下二段動詞「消ゆ」の未然形+婉曲の助動詞「む」の連体形。意味は「消えてゆくような」。
「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
18 なき | ク活用の形容詞「なし」の連体形。係助詞「ぞ」に呼応している。 |
19 ゐたる | ワ行上一段動詞「ゐる」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。意味は「座っている」。 |
20 げに | 副詞。意味は「なるほど」。 |
21 はつ草 | 名詞。春の萌え出る草のことだが、ここでは若紫の比喩。 |
22 の | 格助詞の主格。意味は「~が」。
「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
23 いかでか | 連語。意味は「どうして」。 |
24 の | 格助詞の主格。意味は「~が」。 |
25 消えむ | ヤ行下二段動詞「消ゆ」の未然形+意志の助動詞「む」の連体形。意味は「消えよう」。「露」と「消え」は縁語。 |
26 すらむ | サ変動詞「す」の終止形+原因推量の助動詞「らむ」の連体形。意味は「するのだろう」。 |
27 聞こゆる | ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連体形。意味は「差し上げる」。「聞こゆる」は謙譲語で、尼君に対する敬意。 |
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現代語訳
たった今、私が(亡くなってあなたを)見捨て差し上げるなら、(あなたは)どうやってこの世界で(普通に暮らして)いらっしゃろうとするのだろうか。」と言って、ひどく泣くのを(光源氏が)ご覧になるのも、思いがけなく悲しいことである。(若紫の)幼心地にも、そうはいってもやはり(理解でき、尼君の顔を)じっと見つめて、伏し目になって顔を下に向けた時に、垂れかかっている髪が、つやつやとしてすばらしく見える。
育っていくような場所も分からない若草のようなあなた(若紫)をこの世に残して死んでいく露のような私が、消えていくような空はありません。
(と尼君が和歌を詠む。)また座っていた女房が、「なるほど(確かにそうですが…)。」ともらい泣きして、
春に萌え出る草のような姫君(若紫)が育っていく末も知らないうちに、どうして露のようなあなた様(尼君)が先立って消えようとするのでしょうか。
と申し上げるうちに、
いかがでしたでしょうか。
この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。
・「む」の識別ができるようにしておきましょう。
(注3・25→意志、注12・17→婉曲)
・敬語表現は誰に対する敬意か分かるようにしておきましょう。
(注1→若紫、注5→光源氏、注27→尼君)
・和歌の縁語と比喩が分かるようにしておきましょう。
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