では、「忠信、吉野山の合戦の事」の前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
『義経記』「忠信、吉野山の合戦の事」の現代語訳と重要な品詞の解説2
本文
大衆申しける【注1】は、「あな【注2】、恐ろしや。九郎判官【注3】かと思ひたれ【注4】ば、四郎兵衛【注5】にて【注6】ありける【注7】ものを。たばかられ【注8】て多くの人を討たせつる【注9】こそやすからね【注10】。大将軍【注11】なら【注12】ばこそ、首を取りて鎌倉殿【注13】の見参【注14】にも入れめ【注15】。憎し。ただ置きて焼き殺せや。」とぞ言ひける【注16】。
火も消え、炎も鎮まりてのち、「焼けたる【注17】首なり【注18】とも、六波羅【注19】の見参に入れよ【注20】。」とて、手々【注21】に探せども、まことに自害もせざりけれ【注22】ば、焼けたる首もなし。さてこそ大衆は、「人の心の【注23】、剛にても剛なるべき【注24】ものかな。死に【注25】てののちまでも、かばね【注26】の上の恥を見えじ【注27】とてこそ、塵灰に焼け失せたるらめ【注28】。」と申し【注29】て、寺中へぞ帰りける【注30】。
忠信、その夜は蔵王権現の御前にて【注31】夜を明かし、鎧をば権現の御前に差し置いて【注32】、二十一日のあけぼのに御岳を出で【注33】て、二十三日の暮れほどに、からき【注34】命生きて、ふたたび都へぞ入りにける【注35】。
火も消え、炎も鎮まりてのち、「焼けたる【注17】首なり【注18】とも、六波羅【注19】の見参に入れよ【注20】。」とて、手々【注21】に探せども、まことに自害もせざりけれ【注22】ば、焼けたる首もなし。さてこそ大衆は、「人の心の【注23】、剛にても剛なるべき【注24】ものかな。死に【注25】てののちまでも、かばね【注26】の上の恥を見えじ【注27】とてこそ、塵灰に焼け失せたるらめ【注28】。」と申し【注29】て、寺中へぞ帰りける【注30】。
忠信、その夜は蔵王権現の御前にて【注31】夜を明かし、鎧をば権現の御前に差し置いて【注32】、二十一日のあけぼのに御岳を出で【注33】て、二十三日の暮れほどに、からき【注34】命生きて、ふたたび都へぞ入りにける【注35】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 申しける | サ行四段動詞「申す」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。意味は「申し上げた」。「申し」は「言ふ」の謙譲語で、忠信に対する敬意。 |
2 あな | 感動詞。意味は「ああ」。 |
3 九郎判官 | 名詞。源義経のこと。 |
4 思ひたれ | ハ行四段動詞「思ふ」の連用形+完了の助動詞「たり」の已然形。 |
5 四郎兵衛 | 名詞。佐藤忠信のこと。 |
6 にて | 断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。
「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
7 ありける | ラ変動詞「あり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。 |
8 たばかられ | ラ行四段動詞「たばかる」の未然形+受身の助動詞「る」の連用形。意味は「だまされる」。 |
9 討たせつる | タ行四段動詞「討つ」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形+完了の助動詞「つ」の連体形。意味は「討たせてしまった」。 |
10 やすからね | ク活用の形容詞「やすし」の未然形+打消の助動詞「ず」の已然形。意味は「穏やかでない・心外だ」。「ね」は係助詞「こそ」に呼応している。 |
11 大将軍 | 名詞。源義経のこと。 |
12 なら | 断定の助動詞「なり」の未然形。 |
13 鎌倉殿 | 名詞。源頼朝のこと。 |
14 見参 | 名詞。意味は「お目」。読みは「げんざん」。 |
15 入れめ | ラ行下二段動詞「入る」の未然形+意志の助動詞「む」の已然形。意味は「入れよう・入れるつもりだ」。「め」は係助詞「こそ」に呼応している。
「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
16 言ひける | ハ行四段動詞「言ふ」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。「ける」は係助詞「ぞ」に呼応している。 |
17 焼けたる | カ行下二段動詞「焼く」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。 |
18 なり | 断定の助動詞「なり」の終止形。 |
19 六波羅 | 名詞。鎌倉幕府が京都の六波羅に置いた役所・六波羅探題のこと。 |
20 入れよ | ラ行下二段動詞「入る」の命令形。 |
21 手々 | 名詞。意味は「各自」。 |
22 せざりけれ | サ変動詞「す」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。意味は「しなかった」。 |
23 の | 格助詞の主格。意味は「~が」。
「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
24 剛なるべき | ナリ活用の形容動詞「剛なり」の連体形+可能の助動詞「べし」の連体形。意味は「剛勇になれる」。
「べし」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
25 死に | ナ変動詞「死ぬ」の連用形。 |
26 かばね | 名詞。意味は「亡き骸」。 |
27 見えじ | ヤ行下二段動詞「見ゆ」の已然形+打消意志の助動詞「じ」の終止形。意味は「見せまい」。 |
28 焼け失せたるらめ | サ行下二段動詞「焼け失す」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形+現在の原因推量の助動詞「らむ」の已然形。意味は「焼失してしまったのだろう」。「らめ」は係助詞「こそ」に呼応している。 |
29 申し | サ行四段動詞「申す」の連用形。「言ふ」の謙譲語。忠信の対する敬意。 |
30 帰りける | ラ行四段動詞「帰る」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。 |
31 にて | 格助詞。 |
32 差し置いて | カ行四段動詞「差し置く」の連用形+接続助詞「て」。「置きて」が「置いて」にイ音便化している。 |
33 出で | ダ行下二段動詞「出づ」の連用形。 |
34 からき | ク活用の形容詞「からし」の連体形。意味は「あぶない」。 |
35 入りにける | ラ行四段動詞「入る」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。意味は「入ってしまった」。「ける」は係助詞「ぞ」に呼応している。 |
現代語訳
僧兵たちが申したことには、「ああ、驚いたことだ。九郎判官かと思っていたところ、四郎兵衛であったことだ。だまされて多くの人を討たせてしまったことは、心外だ。大将軍・義経であったなら、首を取って、鎌倉殿のお目に入れるつもりだったのに。憎い。ただ置いて焼き殺せ。」と言った。
火も消え、炎も鎮まったのち、僧兵たちは、「焼けた首であっても、六波羅のお目に入れよ。」と言って、各自で探したけれど、忠信が本当は自害していなかったので、焼けた首のない。そこで僧兵たちは「人の心が剛勇であっても、(さらに)剛勇になれるものなのだなあ。死んだあとまでも、亡き骸の上での恥を見せまいとして、塵や灰になって焼失してしまったのだろう。」と申し上げて、寺の中へ帰った。
忠信はその夜、蔵王権現の御前で夜を明かし、鎧を権現の御前に置いて、21日の明け方に御岳を出て、23日の夕暮れに、危ない命を生き延びて、再び都へ入っていってしまった。
火も消え、炎も鎮まったのち、僧兵たちは、「焼けた首であっても、六波羅のお目に入れよ。」と言って、各自で探したけれど、忠信が本当は自害していなかったので、焼けた首のない。そこで僧兵たちは「人の心が剛勇であっても、(さらに)剛勇になれるものなのだなあ。死んだあとまでも、亡き骸の上での恥を見せまいとして、塵や灰になって焼失してしまったのだろう。」と申し上げて、寺の中へ帰った。
忠信はその夜、蔵王権現の御前で夜を明かし、鎧を権現の御前に置いて、21日の明け方に御岳を出て、23日の夕暮れに、危ない命を生き延びて、再び都へ入っていってしまった。
いかがでしたでしょうか。
この箇所で重要な文法事項は以下の通りです。
・助動詞が複数組み合わされている文章は、訳と助動詞の意味が分かるようにしておきましょう。(「注9」・「注22」・「注28」・「注35」)
・めったに登場しない助動詞は、意味と訳が分かるようにしておきましょう。(「注27」)
ありがとうございました。
大変勉強になりました。
いえいえ。こちらこそ。
聞いていただき、
ありがとうございました。
では、我が君を探しに
行きますので。御免。
行ってしまった…。さすが
忠臣として知られる人物。
このような御方まで、
スマホゲームをするとは…
時代の流れを感じますなあ
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