『源氏物語』「薫と宇治の姫君」の現代語訳と重要な品詞の解説2

  

では、「薫と宇治の姫君」の前回の続きの文章を見ていきましょう。

前回の解説はこちら。

  

『源氏物語』「薫と宇治の姫君」の現代語訳と重要な品詞の解説1

  
  

本文

 しばし聞かまほしき【注1】に、忍び給へ【注2】ど、御けはひしるく【注3】聞きつけて、宿直人【注4】めく【注5】男、なまかたくなしき【注6】出で来たり【注7】。「しかしか【注8】なむ、籠りおはします【注9】。御消息【注10】をこそ聞こえさせめ【注11】。」と申す【注12】。「何か【注13】。しか限りある御行ひ【注14】のほどを紛らはし聞こえさせむ【注15】に、あいなし【注16】。かく濡れ濡れ【注17】参り【注18】て、いたづらに【注19】帰らむ【注20】憂へ【注21】を、姫君の御方に聞こえ【注22】て、あはれ【注23】のたまはせ【注24】ばなむ、慰むべき【注25】。」とのたまへ【注26】ば、みにくき顔うち笑みて、「申させ侍らむ【注27】。」とて立つを、「しばしや。」と召し寄せ【注28】て、「年ごろ【注29】人づてにのみ聞きて、ゆかしく【注30】思ふ御琴の音どもを、うれしき折かな、しばし、少し立ち隠れて聞くべき【注31】もののくま【注32】ありや【注33】つきなく【注34】さし過ぎ【注35】参り寄らむ【注36】ほど、みなことやめ給ひ【注37】ては、いと本意なからむ【注38】。」とのたまふ【注39】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 聞かまほしき カ行四段動詞「聞く」の未然形+願望の助動詞「まほし」の連体形。意味は「聞きたい」。
2 忍び給へ バ行上二段動詞「忍ぶ」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の已然形。意味は「隠れなさる」。「給へ」は尊敬語で、「薫」に対する敬意。
3 しるく ク活用の形容詞「しるし」の連用形。意味は「はっきりと」。
4 宿直人 名詞。警護人のこと。読みは「とのいびと」。
5 めく カ行四段動詞「めく」の連体形。名詞などの後ろについて「~らしくなる・~ようになる」などと訳す。
6 なまかたくなしき シク活用の形容詞「なまかたくなし」の連体形。意味は「どことなく無骨である」。「なまかたくなしき」の後ろに「者」という名詞が省略されている。
7 出で来たり カ変動詞「出で来」の連用形+完了の助動詞「たり」の終止形。意味は「出て来た」。
8 しかしか 副詞。意味は「こういうように・これこれ」。
9 籠りおはします ラ行四段動詞「籠る」の連用形+サ行四段活用の補助動詞「おはします」の連体形。意味は「参籠していらっしゃる」。「おはします」は尊敬語で、「親王(八の宮)」に対する敬意。「おはします」は、係助詞「なむ」に呼応している。

係り結びの法則については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

係り結びの法則の解説

会話文の敬意の方向(誰から誰に)については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

古文の敬意の方向(誰から誰に)の解説

10 消息 名詞。意味は「取次」。
11 聞こえさせめ ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の未然形+使役の助動詞「さす」の未然形+意志の助動詞「む」の已然形。意味は「申し上げさせましょう」。「聞こえ」は謙譲語で、「親王(八の宮)」に対する敬意。「め」は、係助詞「こそ」に呼応している。

「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「む(ん)」の識別の解説

12 申す サ行四段動詞「申す」の終止形。「言ふ」の謙譲語で、「薫」に対する敬意。
13 何か 感動詞。意味は「いや、なに」。
14 行ひ 名詞。意味は「勤行・仏道修行」。
15 紛らはし聞こえさせむ サ行四段動詞「紛らはす」の連用形+ヤ行下二段活用の補助動詞「聞こゆ」の未然形+使役の助動詞「さす」の未然形+仮定の助動詞「む」の連体形。意味は「気持ちをそらし差し上げさせてしまうとしたら」。「聞こえ」は謙譲語で、「親王(八の宮)」に対する敬意。
16 あいなし ク活用の形容詞「あいなし」の終止形。意味は「困ったことである」。
17 濡れ濡れ 副詞。意味は「濡れたままで」。
18 参り ラ行四段動詞「参る」の連用形。意味は「参る・参上する」。「行く」の謙譲語で、姫君に対する敬意。
19 いたづらに ナリ活用の形容動詞「いたづらなり」の連用形。意味は「無駄だ」。
20 帰らむ ラ行四段動詞「帰る」の未然形+婉曲の助動詞「む」の連体形。意味は「帰るような」。
21 憂へ 名詞。意味は「悲しみ」。
22 聞こえ ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連用形。「言ふ」の謙譲語で、「姫君」に対する敬意。
23 あはれ ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の語幹。意味は「気の毒だ」。
24 のたまはせ サ行下二段動詞「のたまはす」の未然形。意味は「おっしゃる」。「言ふ」の尊敬語で、「姫君」に対する敬意。
25 慰むべき マ行四段動詞「慰む」の終止形+推量の助動詞「べし」の連体形。意味は「慰められるだろう」。「べき」は、係助詞「なむ」に呼応している。

「べし」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「べし」の識別の解説

26 のたまへ ハ行四段動詞「のたまふ」の已然形。意味は「おっしゃる」。「言ふ」の尊敬語で、「薫」に対する敬意。
27 申させ侍らむ サ行四段動詞「申す」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形+ラ行変格活用の補助動詞「侍り」の未然形+意志の助動詞「む」の終止形。意味は「申し上げさせましょう」。「申さ」は謙譲語で、「姫君」に対する敬意。「侍ら」は丁寧語で、「薫」に対する敬意。
28 召し寄せ サ行下二段動詞「召し寄す」の連用形。意味は「そばにお呼び寄せになる」。「呼び寄す」の尊敬語で、「薫」に対する敬意。
29 年ごろ 副詞。意味は「長年」。
30 ゆかしく シク活用の形容詞「ゆかし」の連用形。意味は「聞きたい」。
31 聞くべき カ行四段動詞「聞く」の終止形+可能の助動詞「べし」の連体形。意味は「聞くことができる」。
32 もののくま 名詞。意味は「人目のつかない物陰」。
33 ありや ラ変動詞「あり」の終止形+係助詞「や」。意味は「あるか」。
34 つきなく ク活用の形容詞「つきなし」の連用形。意味は「相応しくない」。
35 さし過ぎ ガ行上二段さし過ぐ」の連用形。意味は「出過ぎる」。
36 参り寄らむ ラ行四段動詞「参り寄る」の未然形+婉曲の助動詞「む」の連体形。意味は「近くに参るような」。「参り寄ら」は謙譲語で、「親王(八の宮)と姫君」に対する敬意。
37 やめ給ひ マ行下二段動詞「やむ」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連用形。意味は「止めなさる」。「給ひ」は尊敬語で、「親王(八の宮)と姫君」に対する敬意。
38 本意なからむ ク活用の形容詞「本意なし」の未然形+推量の助動詞「む」の終止形。意味は「不本意であろう」。
39 のたまふ ハ行四段動詞「のたまふ」の終止形。意味は「おっしゃる」。「言ふ」の尊敬語で、「薫」に対する敬意。

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現代語訳

 (薫は)しばらく聞きたいと思ったので、隠れなさっていたが、ご気配をはっきりと聞きつけて、警護人らしい男で、どことなく無骨である者が、出て来た。「こういったように、(八の宮様は山寺に)参籠していらっしゃいます。お取り次ぎを申し上げさせましょう。」と申し上げる。(薫は)「いや、なに。そのように日数を限った勤行の間に、お気持ちをそらし差し上げさせてしまうとしたら、困ったことであります。このように濡れたままで参上して、無駄に帰るような悲しみを、姫君の御方に申し上げて、『お気の毒だ。』とおっしゃったなら、(私は)慰められるだろう。」とおっしゃるので、(警護人らしい男は)醜い顔に笑みを浮かべて、「(そのように)申し上げさせましょう。」と言って立つのを、(薫は)「しばらく(待って)。」と側にお呼び寄せになって、「長年、人づてにだけ聞いていて、聞きたいと思っていた御琴の音色を、(聞けて)うれしい機会であるなあ、しばらく、少し立ち隠れて、聞くことのできる人目のつかない物陰はあるか。(私が)場に相応しくない出過ぎた(行為で)近くに参るような時に、みな演奏を止めなさったら、本当に不本意なことであろう。」とおっしゃる。
  

  

いかがでしたでしょうか。

この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。

  
  

・敬語表現は誰に対する敬意か分かるようにしておきましょう。

・注11・15・20・27・36・38の助動詞「む」の識別ができるようにしておきましょう。

(注11・27→意志、注15→仮定、注20・36→婉曲、注38→推量)

・注11・15・27は助動詞が組み合わされているので、品詞分解ができるようにしておきましょう。

・注1にある「まほしき」は滅多に出てこない助動詞ですので、助動詞の意味が分かるようにしておきましょう。

  

続きは以下のリンクからどうぞ。

『源氏物語』「薫と宇治の姫君」の現代語訳と重要な品詞の解説3

  

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