『源氏物語』「薫と宇治の姫君」の現代語訳と重要な品詞の解説3

  

では、「薫と宇治の姫君」の前回の続きの文章を見ていきましょう。

前回の解説はこちら。

  

『源氏物語』「薫と宇治の姫君」の現代語訳と重要な品詞の解説2

  
  

本文

 御けはひ、顔かたち【注1】【注2】、さるなほなほしき【注3】心地にも、いとめでたく【注4】かたじけなく【注5】おぼゆれ【注6】ば、「人聞かぬ【注7】ときは、明け暮れかくなむ遊ばせ【注8】ど、下人にて【注9】も、都の方より参り【注10】、立ち交じる人侍る【注11】ときは、音もせさせ給はず【注12】おほかた【注13】、かくて女たちおはします【注14】ことをば、隠させ給ひ【注15】なべて【注16】の人に知らせ奉らじ【注17】と、おぼし【注18】のたまはするなり【注19】。」と申せ【注20】ば、うち笑ひて、「あぢきなき【注21】御もの隠しなり【注22】。しか忍び給ふなれ【注23】ど、みな人、ありがたき【注24】世のためし【注25】に、聞き出づべかめる【注26】を。」とのたまひ【注27】て、「なほ【注28】しるべ【注29】せよ【注30】。我はすきずきしき【注31】心などなき人ぞ。かくておはしますらむ【注32】御ありさまの【注33】あやしく【注34】げに【注35】なべてにおぼえ給はぬなり【注36】。」と、こまやかに【注37】のたまへ【注38】ば、「あなかしこ【注39】。心なきやうに、のちの聞こえ【注40】侍らむ【注41】。」とて、あなたの御前は、竹の透垣しこめ【注42】て、みな隔て異なるを、教へ寄せ奉れり【注43】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 かたち 名詞。意味は「容姿・容貌」。
2 の 格助詞の主格。意味は「~が」。

「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助詞「の」の識別の解説

3 なほなほしき シク活用の形容詞「なほなほし」の連体形。意味は「平凡だ・とくに取り柄もない」。
4 めでたく ク活用の形容詞「めでたし」の連用形。意味は「すばらしい」。
5 かたじけなく ク活用の形容詞「かたじけなし」の連用形。意味は「恐れ多い」。
6 おぼゆれ ヤ行下二段動詞「おぼゆ」の已然形。
7 聞かぬ カ行四段動詞「聞く」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。意味は「聞かない」。
8 遊ばせ サ行四段動詞「遊ばす」の已然形。意味は「楽器を演奏なさる」。「遊ぶ」の尊敬語で、「姫君」に対する敬意。

会話文の敬意の方向(誰から誰に)については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

古文の敬意の方向(誰から誰に)の解説

9 にて 断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。

「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「にて」の識別の解説

10 参り ラ行四段動詞「参る」の連用形。意味は「参る・参上する」。「行く」の謙譲語で、「親王(八の宮)」に対する敬意。
11 侍る ラ変動詞「侍り」の連体形。丁寧語で、薫に対する敬意。
12 せさせ給はず サ変動詞「す」の未然形+尊敬の助動詞「さす」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。意味は「お立てにならない」。「させ給は」は二重敬語で、「姫君」に対する敬意。
13 おほかた 副詞。意味は「およそ・だいたい」。
14 おはします サ行四段動詞「おはします」の連体形。意味は「いらっしゃる」。「あり」の尊敬語で、「女たち(姫君)」に対する敬意。
15 隠させ給ひ サ行四段動詞「隠す」の未然形+尊敬の助動詞「す」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連用形。意味は「お隠しになる」。「せ給ひ」は二重尊敬で、「親王(八の宮)」に対する敬意。
16 なべて 副詞。意味は「一般・普通」。
17 知らせ奉らじ ラ行四段動詞「知る」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形+ラ行四段活用の補助動詞「奉る」の未然形+打消意志の助動詞「じ」の終止形。意味は「知らせ差し上げまい」。「奉ら」は謙譲語で、「なべての人」に対する敬意。
18 おぼし サ行四段動詞「おぼす」連用形。意味は「お思いになる」。「思ふ」の尊敬語で、「親王(八の宮)」に対する敬意。
19 のたまはするなり サ行下二段動詞「のたまはす」の連体形+断定の助動詞「なり」の終止形。意味は「おっしゃるのである」。「のたまはする」は「言ふ」の尊敬語で、「親王(八の宮)」に対する敬意。
20 申せ サ行四段動詞「申す」の已然形。意味は「申し上げる」。「言ふ」の謙譲語で、薫に対する敬意。
21 あぢきなき ク活用の形容詞「あぢきなし」の連体形。意味は「かいがない・無益だ」。
22 なり 断定の助動詞「なり」の終止形。
23 忍び給ふなれ バ行上二段動詞「忍ぶ」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の終止形+伝聞の助動詞「なり」の已然形。意味は「お隠しになっているということだ」。「給ふ」は尊敬語で、「親王(八の宮)」に対する敬意。
24 ありがたき ク活用の形容詞「ありがたし」の連体形。意味は「滅多にない」。
25 ためし 名詞。意味は「先例」。
26 聞き出づべかめる ダ行下二段動詞「聞き出づ」の終止形+推量の助動詞「べし」の連体形+推定の助動詞「めり」の連体形。意味は「探って聞き知っているにちがいないようだ」。「べかめる」は、「べかめる」が撥音便化(べかめる)し、「ん」が表記されていない形。

「べし」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「べし」の識別の解説

27 のたまひ ハ行四段動詞「のたまふ」の連用形。意味は「おっしゃる」。「言ふ」の尊敬語で、「薫」に対する敬意。
28 なほ 副詞。意味は「やはり」。
29 しるべ 名詞。意味は「案内」。
30 せよ サ変動詞「す」の命令形。
31 すきずきしき シク活用の形容詞「すきずきし」の連体形。意味は「色好みである」。
32 おはしますらむ サ行四段動詞「おはします」の終止形+現在の伝聞の助動詞「らむ」の連体形。意味は「いらっしゃるという」。「おはします」は尊敬語で、「姫君」に対する敬意。
33 の 格助詞の主格。意味は「~が」。
34 あやしく シク活用の形容詞「あやし」の連用形。意味は「不思議だ」。
35 げに 副詞。意味は「まったく」。
36 おぼえ給はぬなり ヤ行下二段動詞「おぼゆ」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形+断定の助動詞「なり」の終止形。意味は「思われなさらないのである」。「給は」は尊敬語で、「姫君」に対する敬意。
37 こまやかに ナリ活用の形容動詞「こまやかなり」の連用形。意味は「情が厚いさま・親密なさま」。
38 のたまへ ハ行四段動詞「のたまふ」の已然形。意味は「おっしゃる」。「言ふ」の尊敬語で、「薫」に対する敬意。
39 あなかしこ 連語。意味は「ああ、恐れ多い」。
40 聞こえ 名詞。意味は「評判」。
41 侍らむ ラ変動詞「侍り」の未然形+推量の助動詞「む」の連体形。意味は「ございましょう」。「侍ら」は丁寧語で、「薫」に対する敬意。「む」は係助詞「や」に呼応している。

「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「む(ん)」の識別の解説

42 しこめ マ行下二段動詞「しこむ」の連用形。意味は「めぐらす」。
43 寄せ奉れり サ行下二段動詞「寄す」の連用形+ラ行四段活用の補助動詞「奉る」の已然形+完了の助動詞「り」の終止形。意味は「近づけ差し上げた」。「奉れ」は謙譲語で、「薫」に対する敬意。

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現代語訳

 (薫の)ご様子やご容貌が、宿直人のようなとくに取り柄のない人の心にも、とてもすばらしく恐れ多く思われたので、(宿直人は)「人が(誰も)聞いていない時は、朝晩にこのように演奏なさっているけれど、身分の低い者であっても、都の方から(この屋敷に)参上して、中に入る人がございます時は、音もお立てにならない。だいたい、こうして姫君様たちがいらっしゃることを、(八の宮様は)お隠しになっていて、一般の人に知らせ差し上げまいと、お思い、おっしゃっているのであります。」と申し上げるので、(薫は)少しお笑いになって、「無益なお隠し事である。そのようにお隠しになっているということを、人々はみな、滅多にない世の中の先例として、探って聞き知っているにちがいないのに。」とおっしゃって、「やはり案内しろ。私は色好みの心などはない者だよ。(姫君たちが)このようにしていらっしゃるということが、不思議で、(このことが世間から)まったく普通のこととは思われなさらないのである。」と、情を込めておっしゃるので、(宿直人は)「ああ恐れ多いことです。(私がご案内しなければ、)情のない者のように、(世間から)評判が立つでしょうか。」と言って、あちらの姫君たちのお部屋の前は、竹の透垣でをめぐらせて、すべて(こちらと)囲いが別になっているのを、(宿直人は薫に)教えて、(姫君たちのお部屋へ)近づけ差し上げた。
  

  

いかがでしたでしょうか。

この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。

  
  

・敬語表現は誰に対する敬意か分かるようにしておきましょう。

・注15と17の助動詞「せ」の識別ができるようにしておきましょう。

(注15→尊敬、注17→使役)

・注26の音便は、元の形が分かるようにしておきましょう。

  

続きは以下のリンクからどうぞ。

『源氏物語』「薫と宇治の姫君」の現代語訳と重要な品詞の解説4

  

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