では、「薫と宇治の姫君」の前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
『源氏物語』「薫と宇治の姫君」の現代語訳と重要な品詞の解説3
本文
御供の人は西の廊に呼び据ゑ【注1】て、この宿直人あひしらふ【注2】。あなたに通ふべかめる【注3】透垣の戸を、少し押し開けて見給へ【注4】ば、月をかしき【注5】ほどに霧りわたれる【注6】をながめて、簾を短く巻き上げて、人々ゐたり【注7】。簀子に、いと寒げに、身細く、萎えばめる【注8】童一人、同じさまなる【注9】大人などゐたり。内なる【注10】人、一人は柱に少しゐ隠れて、琵琶を前に置きて、撥を手まさぐり【注11】にしつつゐたる【注12】に、雲隠れたりつる【注13】月の【注14】、にはかに【注15】いと明かくさし出でたれ【注16】ば、「扇ならで【注17】、これしても、月は招きつべかりけり【注18】。」とて、さしのぞきたる【注19】顔、いみじく【注20】らうたげに【注21】、にほひやかなるべし【注22】。添ひ臥したる【注23】人は、琴の上に傾きかかりて、「入る日を返す撥こそありけれ【注24】、さま異に【注25】も思ひ及び給ふ【注26】御心かな【注27】。」とて、うち笑ひたる【注28】けはひ【注29】、いま少し重りかに【注30】よしづきたり【注31】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 呼び据ゑ | ワ行下二段動詞「呼び据う」の連用形。意味は「呼び寄せて座らせる」。 |
2 あひしらふ | ハ行四段動詞「あひしらふ」の終止形。意味は「応対する」。 |
3 通ふべかめる | ハ行四段動詞「通ふ」の終止形+推量の助動詞「べし」の連体形+推定の助動詞「めり」の連体形。意味は「通っているにちがいないようだ」。「べかめる」は、「べかるめる」が撥音便化(べかんめる)し、「ん」が表記されていない形。「べし」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
4 見給へ | マ行上一段動詞「見る」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の已然形。意味は「ご覧になる」。「給へ」は尊敬語で、「薫」に対する敬意。 |
5 をかしき | シク活用の形容詞「をかし」の連体形。意味は「趣がある」。 |
6 霧りわたれる | ラ行四段動詞「霧りわたる」の已然形+存続の助動詞「り」の連体形。意味は「霧が一面にかかっている」。 |
7 ゐたり | ワ行上一段動詞「ゐる」の連用形+存続の助動詞「たり」の終止形。意味は「座っている」。 |
8 萎えばめる | マ行四段動詞「萎えばむ」の已然形+存続の助動詞「り」の連体形。意味は「衣服がよれよれになっている」。 |
9 なる | 断定の助動詞「なり」の連体形。意味は「~である」。 |
10 なる | 存在の助動詞「なり」の連体形。意味は「~にいる」。 |
11 手まさぐり | 名詞。意味は「手先でもてあそぶこと・手遊び」。 |
12 ゐたる | ワ行上一段動詞「ゐる」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。 |
13 雲隠れたりつる | ラ行下二段動詞「雲隠る」の連用形+存続の助動詞「たり」の連用形+完了の助動詞「つ」の連用形。意味は「雲に隠れてしまっている」。 |
14 の | 格助詞の主格。意味は「~が」。
「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
15 にはかに | ナリ活用の形容動詞「にはかなり」の連用形。意味は「突然」。 |
16 さし出でたれ | ダ行下二段動詞「さし出づ」の連用形+完了の助動詞「たり」の已然形。意味は「現れ出した」。 |
17 ならで | 断定の助動詞「なり」の未然形+打消の接続助詞「で」。意味は「でないで・ではなく」。 |
18 招きつべかりけり | カ行四段動詞「招く」の連用形+強意(確述)の助動詞「つ」の終止形+可能の助動詞「べし」の連用形+詠嘆の助動詞「けり」の終止形。意味は「招くことができるのだなあ」。 |
19 さしのぞきたる | カ行四段動詞「さしのぞく」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。意味は「ちょっとのぞいて見た」。 |
20 いみじく | シク活用の形容詞「いみじ」の連用形。意味は「たいそう」。 |
21 らうたげに | ナリ活用の形容動詞「らうたげなり」の連用形。意味は「可愛らしい」。 |
22 にほひやかなるべし | ナリ活用の形容動詞「にほひやかなり」の連体形+推量の助動詞「べし」の終止形。意味は「輝くように美しいにちがいない」。 |
23 添ひ臥したる | サ行四段動詞「添ひ臥す」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。意味は「側で横になっている」。 |
24 ありけれ | ラ変動詞「あり」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。意味は「あった」。「けれ」は係助詞「こそ」に呼応している。 |
25 さま異に | ナリ活用の形容動詞「さま異なり」の連用形。意味は「普通と異なったさま」。 |
26 思ひ及び給ふ | バ行四段動詞「思ひ及ぶ」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連体形。意味は「考えつきなさる」。「給ふ」は尊敬語で、「内なる人」に対する敬意。
会話文の敬意の方向(誰から誰に)については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
27 かな | 詠嘆の終助詞。意味は「~だなあ」。 |
28 うち笑ひたる | ハ行四段動詞「うち笑ふ」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。意味は「笑っている」。 |
29 けはひ | 名詞。意味は「様子」。 |
30 重りかに | ナリ活用の形容動詞「重りかなり」の連用形。意味は「落ち着いている」。 |
31 よしづきたり | カ行四段動詞「よしづく」の連用形+存続の助動詞「たり」の終止形。意味は「風情があるように見える」。 |
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現代語訳
いかがでしたでしょうか。
この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。
・敬語表現は誰に対する敬意か分かるようにしておきましょう。
・注9と10の助動詞「なる」の識別ができるようにしておきましょう。
(注9→断定、注10→存在)
続きは以下のリンクからどうぞ。
『源氏物語』「薫と宇治の姫君」の現代語訳と重要な品詞の解説5