では、「薫と宇治の姫君」の前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
『源氏物語』「薫と宇治の姫君」の現代語訳と重要な品詞の解説4
本文
「及ばず【注1】とも、これも月に離るる【注2】ものかは【注3】。」など、はかなき【注4】ことを、うちとけ【注5】のたまひかはしたる【注6】けはひ【注7】ども、さらに【注8】よそに思ひやりし【注9】には似ず【注10】、いとあはれに【注11】なつかしう【注12】をかし【注13】。昔物語などに語り伝へて、若き女房などの【注14】読むをも聞くに、必ずかやうのことを言ひたる【注15】、さしも【注16】あらざりけむ【注17】と、憎く【注18】推し量らるる【注19】を、げに【注20】あはれなるもののくま【注21】ありぬべき【注22】世なりけり【注23】と、心移りぬべし【注24】。
霧の深ければ、さやかに【注25】見ゆべく【注26】もあらず【注27】。また月さし出でなむ【注28】とおぼす【注29】ほどに、奥の方より、「人おはす【注30】。」と告げ聞こゆる【注31】人やあらむ【注32】、簾下ろしてみな入りぬ【注33】。おどろき顔に【注34】はあらず、なごやかに【注35】もてなして、やをら【注36】隠れぬる【注37】けはひども、衣の音もせず【注38】、いとなよよかに【注39】心苦しう【注40】て、いみじう【注41】あてに【注42】みやびかなる【注43】を、あはれ【注44】と思ひ給ふ【注45】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 及ばず | バ行四段動詞「及ぶ」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。 |
2 離るる | ラ行下二段動詞「離る」の連体形。 |
3 ものかは | 連語。意味は「~ことはない」。 |
4 はかなき | ク活用の形容詞「はかなし」の連体形。意味は「たわいもない」。 |
5 うちとけ | カ行下二段動詞「うちとく」の連用形。意味は「くつろぐ」。 |
6 のたまひかはしたる | ハ行四段動詞「のたまふ」の連用形+サ行四段活用の補助動詞「かはす」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。意味は「互いにおっしゃっている」。「のたまひ」は尊敬語で、「姫君たち」に対する敬意。 |
7 けはひ | 名詞。意味は「様子」。 |
8 さらに | 副詞。意味は「まったく」。 |
9 思ひやりし | ラ行四段動詞「思ひやる」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「想像した」。 |
10 似ず | ナ行上一段動詞「似る」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。意味は「似ない」。 |
11 あはれに | ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形。意味は「しみじみとする」。 |
12 なつかしう | シク活用の形容詞「なつかし」の連用形。意味は「親しみやすい」。「なつかしう」は「なつかしく」がウ音便化している。 |
13 をかし | シク活用の形容詞「をかし」の終止形。意味は「愛らしい」。 |
14 の | 格助詞の主格。意味は「~が」。
「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
15 言ひたる | ハ行四段動詞「言ふ」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。「たる」の後に「こと」が省略されている。 |
16 さしも | 副詞。意味は「そのようにも」。 |
17 あらざりけむ | ラ変動詞「あり」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形+過去推量の助動詞「けむ」の終止形。意味は「なかっただろう」。 |
18 憎く | ク活用の形容詞「憎し」の連用形。意味は「気に入らない」。 |
19 推し量らるる | ラ行四段動詞「推し量る」の未然形+自発の助動詞「る」の連体形。意味は「推量する」。 |
20 げに | 副詞。意味は「本当に」。 |
21 くま | 名詞。意味は「へんぴな所」。 |
22 ありぬべき | ラ変動詞「あり」の連用形+強意(確述)の助動詞「ぬ」の終止形+推量の助動詞「べし」の連体形。意味は「あるにちがいない」。
「べし」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
23 なりけり | 断定の助動詞「なり」の連用形+詠嘆の助動詞「けり」の終止形。意味は「~であるなあ」。 |
24 移りぬべし | ラ行四段動詞「移る」の連用形+強意(確述)の助動詞「ぬ」の終止形+推量の助動詞「べし」の終止形。意味は「引きつけられるにちがいない」。 |
25 さやかに | ナリ活用の形容動詞「さやかなり」の連用形。意味は「はっきりと」。 |
26 見ゆべく | ヤ行下二段動詞「見ゆ」の終止形+可能の助動詞「べし」の連用形。意味は「見ることができる」。 |
27 あらず | ラ変動詞「あり」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。 |
28 さし出でなむ | ダ行下二段動詞「さし出づ」の未然形+願望の終助詞「なむ」。意味は「現れ出てほしい」。
「なむ」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
29 おぼす | サ行四段動詞「おぼす」の連体形。意味は「お思いになる」。「思ふ」の尊敬語で、「薫」に対する敬意。 |
30 おはす | サ変動詞「おはす」の終止形。意味は「いらっしゃる」。「あり」の尊敬語で、「人」に対する敬意。
重要な尊敬語「おはす」については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 会話文の敬意の方向(誰から誰に)については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
31 聞こゆる | ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連体形。意味は「申し上げる」。 「言ふ」の尊敬語で、「姫君たち」に対する敬意。 |
32 あらむ | ラ変動詞「あり」の未然形+推量の助動詞「む」の連体形。意味は「いるのだろう」。「む」は、係助詞「や」に呼応している。
「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
33 入りぬ | ラ行四段動詞「入る」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。意味は「入ってしまった」。 |
34 に | 断定の助動詞「なり」の連用形。 |
35 なごやかに | ナリ活用の形容動詞「なごやかなり」の連用形。 |
36 やをら | 副詞。意味は「そっと」。 |
37 隠れぬる | ラ行下二段動詞「隠る」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連体形。意味は「隠れてしまった」。 |
38 せず | サ変動詞「す」の連用形+打消の助動詞「ず」の連用形。意味は「しない」。 |
39 なよよかに | ナリ活用の形容動詞「なよよかなり」の連用形。意味は「ものやわらか」。 |
40 心苦しう | シク活用の形容詞「心苦し」の連用形。意味は「いじらしい」。「心苦しう」は「心苦しく」がウ音便化している。 |
41 いみじう | シク活用の形容詞「いみじ」の連用形。意味は「たいそう」。「いみじう」は「いみじく」がウ音便化している。 |
42 あてに | ナリ活用の形容動詞「あてなり」の連用形。意味は「上品だ」。 |
43 みやびかなる | ナリ活用の形容動詞「みやびかなり」の連体形。意味は「優雅なさま」。 |
44 あはれ | ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の語幹。意味は「しみじみ」。 |
45 思ひ給ふ | ハ行四段動詞「思ふ」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の終止形。意味は「思いなさる」。「給ふ」は尊敬語で、「薫」に対する敬意。 |
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現代語訳
霧が深いので、(姫君たちの姿は)はっきりと見ることもできない。また月が現れ出てほしいと(薫が)お思いになるうちに、奥の方から、「客人がいらっしゃいます。」と告げ申し上げる人がいたのであろうか、簾を下ろしてみな(部屋の中に)入ってしまった。(二人の姫君は)驚いた顔ではなく、和やかに振る舞って、そっと隠れてしまった様子などは、衣ずれの音もせず、とてもものやわらかでいじらしく、たいそう上品で優雅なさまであったのを、(薫は)しみじみと感じ、お思いなさる。
いかがでしたでしょうか。
この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。
・注2と19の「るる」の識別ができるようにしておきましょう。
(注2→動詞の一部、注19→自発の助動詞)
・注22と24の助動詞が組み合わされている「ぬべし」は助動詞の意味が分かるようにしておきましょう。
・注28の「なむ」は品詞が分かるようにしておきましょう。
とても勉強になりました。
そっくりな描写でした。
ちなみにあなたが
慕う宇治の姫君って
どんな人ですか?
私が慕うのは……、
宇治を代表する姫君、
「安田美沙子」です。
……。