『今昔物語集』「狼と母牛」の現代語訳と重要な品詞の解説1

お断り:この記事には、最初に倉橋先生とゆかいな仲間たちの戯れがあります。お急ぎの方は、上にある目次の見たい項目をクリックすると、その解説に飛びますので、そちらをご利用ください。なお、解説は真面目にしております。
  
  
ただいまー。
  
  
  
  
  
  
  
おかえりなさい。
倉橋先生。
先に始めさせていただいてます。
  
  
  
  
えっ?
あなた、誰?
何で人の家で酒盛り始めてるの?
  
  
  
  
  
いやー。
今日は母の命日なんですよ。
お酒でも飲みながら、
母の思い出に浸ろうと思いまして。
  
  
  
それは、分かりました。
でも、人の家で勝手に酒盛り始めちゃダメでしょ?
  
  
  
  
  
  
いやー、母との思い出が…。
あまりに感動もので…。
誰かに語らずにはいられなくて…。
倉橋先生、聞いてくれます?
  
  
  
  
(ん、この展開…。話を聞かせて、お金を取るやつだな。)
いいえ。結構です。
今日は、絶対に聞きません。
お帰りください。
  
  
  
  
  
倉橋先生、冷たいですよー。
少しぐらい聞いてあげたら、
いいじゃないですかー。
  
  
  
そうですよー。
ちょっとぐらい
お金取られても
いいじゃないですか?
  
  
  
  
あなたたちは…。
分かった。
この牛さんは、あなたたちの仲間で、
今日も私から、お金を取ろうと…。
  
  
  
  
ピンポーン!
大正解!!
  
  
  
  
  
  
  
  
正解した方には、
もれなく牛さんのお話が
聞けまーす。
では、牛さん、どうぞ。

本文

 今は昔、奈良の西の京のほとりに住みける【注1】下衆【注2】【注3】、農業のために家に牝牛を飼ひけるが、子を一つ持ちたりける【注4】を、秋のころほひ【注5】、田居に放ちたりけるに、定まりて夕さり【注6】小童部【注7】行きて追ひ入れけることを、家主も小童部も皆忘れて、追ひ入れざりけれ【注8】ば、その牛、子を具し【注9】て田居に食みありきける【注10】ほどに、夕暮れ方に、大きなる【注11】狼一つ出で来【注12】て、この牛の子を食はむ【注13】とて、付きて巡りありきけるに、母牛、子をかなしむ【注14】がゆゑに、狼の巡るに付きて、「子を食はせじ【注15】。」と思ひて、狼に向かひて防き巡りけるほどに、狼、片岸【注16】築垣【注17】やうなる【注18】ありける【注19】所を後ろにして巡りけるあひだに、母牛、狼に向かひざまにて【注20】俄かに【注21】はくと【注22】寄りて突きければ、狼、その岸に仰けざまに腹を突き付けられにけれ【注23】ば、【注24】動か【注25】ありけるに、母牛は、「放ちつる【注26】ものなら【注27】ば、我は食ひ殺されなむず【注28】。」と思ひけるにや【注29】、力を発して、後ろ足を強く踏み張りて、強く【注30】突かへたりける【注31】ほどに、狼は、え堪へず【注32】して死にけり【注33】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 住みける マ行四段動詞「住む」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。
2 下衆 名詞。意味は「身分の卑しい人」。
3 の 格助詞の主格。意味は「~が」。

「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助詞「の」の識別の解説

4 持ちたりける タ行四段動詞「持つ」の連用形+存続の助動詞「たり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。意味は「持っていた」。
5 ころほひ 名詞。意味は「時節」。
6 夕さり 名詞。意味は「夕方になること・夕方」。
7 小童部 名詞。意味は「幼い子ども」。
8 追ひ入れざりけれ ラ行下二段動詞「追ひ入る」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。
9 具し サ変動詞「具す」の連用形。意味は「連れていく」。
10 ありきける カ行四段動詞「ありく」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。意味は「歩き回った」。
11 大きなる ナリ活用の形容動詞「大きなり」の連体形。
12 出で来 カ変動詞「出で来(いでく)」の連用形。
13 食はむ ハ行四段動詞「食ふ」の未然形+意志の助動詞「む」の終止形。意味は「食べよう」。
14 かなしむ マ行四段動詞「かなしむ」の連体形。意味は「いとしいと思う・愛する」。
15 食はせじ ハ行四段動詞「食ふ」の未然形+使役の助動詞「す」の未然形+打消意志の助動詞「じ」の終止形。意味は「食わせまい」。
16 の 格助詞の同格。意味は「~で」。
17 築垣 名詞。土で造った垣根のこと。読みは「ついがき」。
18 やうなる 比況の助動詞「やうなり」の連体形。意味は「~のようだ・~みたいだ」。「やうなる」の後ろに「ところ」という名詞が省略されている。
19 ありける ラ変動詞「あり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。
20 にて 格助詞。意味は「~で」。

「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「にて」の識別の解説

21 俄かに ナリ活用形容動詞「俄かなり」の連用形。
22 はくと 副詞。意味は「ばっと」。
23 突き付けられにけれ カ行下二段動詞「突き付く」の未然形+受身の助動詞「らる」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。意味は「突き付けられてしまった」
24 え 副詞。下に打消表現を伴って、「~できない」と訳す。
25 で 接続助詞。打消表現。意味は「~ないで」。
26 放ちつる タ行四段動詞「放つ」の連用形+完了の助動詞「つ」の連体形。意味は「放してしまった」。
27 なら 断定の助動詞「なり」の未然形。
28 殺されなむず サ行四段動詞「殺す」の未然形+受身の助動詞「る」の連用形+強意(確述)の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「むず」の終止形。意味は「殺されるにちがいない」。
29 にや 断定の助動詞「なり」の連用形+係助詞「や」。「や」の後ろに「あらむ」が省略されている。意味は「~であろうか」。

係り結びの省略については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

係り結びの省略と流れの解説

30 強く ク活用の形容詞「強し」の連用形。
31 突かへたりける ハ行下二段動詞「突かふ」の連用形+存続の助動詞「たり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。意味は「突き押しつけていた」。
32 え堪へず 副詞「え」+ハ行下二段動詞「堪ふ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。意味は「堪えられない」。
33 死にけり ナ変動詞「死ぬ」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。

スポンサーリンク

現代語訳

 今となっては昔のことだが、奈良の西の京の辺りに住んでいた身分の卑しい男が、農業の仕事のために、家に牝牛を飼っていたが、(その牝牛は、)子牛を一頭持っていたのを、秋の時節に、田に放していたのだが、いつもは決まって夕方になると幼い子どもが、そこに行って(牛小屋に)追い入れていたのだが、(その日に限って)家の主人も子どもも皆忘れて、牝牛を追い入れなかったので、その牝牛は、子牛を連れて田で草を食べ歩き廻っていたうちに、夕暮れに、大きな狼が一匹出て来て、牝牛の子を食べようとして、後に付いて巡り歩き廻っていたところ、母牛(牝牛)は、子牛をいとしいと思うがゆえ、狼が廻るのに付いて、「我が子を食わせまい。」と思って、狼に向かって防ぎ廻っているうちに、狼が、片岸で築垣のような所があった場所を、後ろにして廻っていた時に、母牛は、狼に向かいざまで、急にばっと寄って突いたところ、狼は、その岸であおむけに腹を突き付けられてしまったので、動けないでいたが、母牛は、「(狼を)放してしまったものであるなら、自分は食い殺されるにちがいない。」と思ったののであろうか、力を出して、後ろ足を強く踏ん張って、強く突き押しつけていたうちに、狼は、堪えられないで死んだ。

  

いかがでしたでしょうか。
この部分では、助動詞が複数組み合わされた文章がたくさん出てきます
特に「注15」・「注23」・「注28」はきちんと品詞分解ができるようにしておきましょう

また、係り結びの省略や助詞の「の」の意味の違いを見分けるものなど重要な文法事項がたくさんありますので、きちんと理解しておきましょう。

  

いやー。
結構、重要な文法が
盛りだくさんでしたね。
ここは問題作成者としては
設問の出し甲斐がありますね。

  

  

倉橋先生、まだ前半ですよ。

この後も、重要な文法事項出てきますから、
楽しみにしていてください。

続きは以下のリンクからどうぞ。

  

『今昔物語集』「狼と母牛」の現代語訳と重要な品詞の解説2

  

【鳥居清満画『陰陽十二支記噺』(明和八年刊)を参考に挿入画を作成】

シェアする

スポンサーリンク