お断り:この記事には、最初に倉橋先生とゆかいな仲間たちの戯れがあります。お急ぎの方は、上にある目次の見たい項目をクリックすると、その解説に飛びますので、そちらをご利用ください。なお、解説は真面目にしております。
御免下さい。
おや、どちら様ですか?
私は、諸国を歩きまわり、
修行をしている僧です。
人々の嘆きや訴えを
聞いております。
そうなんですか。では、
私の嘆きを聞いていって下さい。
最近、おこづかいが減らされて…。
いえ、あなたの嘆きは
けっこうです。
それよりも『増鏡』の
「時頼と時宗」の話を
講義してくれませんか?
えー。愚痴聞いてくれない上に、
私が講義するんですか?
お願いします!
後でいい物あげますから!
ぜひ、講義してください。
何かくれるんですか?
分かりました。
講義して差し上げましょう。
本文
故時頼【注1】朝臣は、康元元年にかしら下ろし【注2】てのち、忍びて諸国を修行しありきけり【注3】。それも、国々のありさま【注4】、人の愁へなど、詳しくあなぐり【注5】見聞かん【注6】のはかりこと【注7】に【注8】てありける【注9】。あやし【注10】の宿りに立ち寄りては、その家主がありさまを問ひ聞く。理【注11】ある愁へなどの【注12】埋もれたる【注13】を聞きひらきては、「我はあやしき【注14】身なれ【注15】ど、昔、よろしき【注16】主持ち奉りし【注17】、いまだ世にやおはする【注18】と、消息【注19】奉らん【注20】。持てまうで【注21】て聞こえ給へ【注22】。」など言へば、「なでふこと【注23】なき【注24】修行者の【注25】、何ばかり。」とは思ひながら、言ひ合はせて、その文を持ちて東へ行きて、しかじか【注26】と教へし【注27】ままに言ひてみれば、入道殿【注28】の御消息なりけり【注29】。「あなかま【注30】、あなかま。」とて、長く愁へなきやうにははからひつ【注31】。仏神などの【注32】現れ給へるか【注33】とて、みな額をつきて喜びけり。かやうのこと、すべて数知らず【注34】ありし【注35】ほどに、国々も心づかひをのみしけり【注36】。最明寺の入道とぞいひける【注37】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 時頼 | 名詞。北条時頼のこと。鎌倉幕府第5代執権。北条時宗の父。 |
2 かしら下ろし | サ行四段動詞「かしら下ろす」の連用形。意味は「出家する」。 |
3 ありきけり | カ行四段動詞「ありく」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。意味は「歩き廻った」。 |
4 ありさま | 名詞。意味は「様子」。 |
5 あなぐり | ラ行四段動詞「あなぐる」の連用形。意味は「詳しく調べる」。 |
6 ん | 婉曲の助動詞「む(ん)」の連体形。「ん」の後に「こと」という名詞が省略されている。意味は「~ような」。
「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
7 はかりこと | 名詞。意味は「計画」。 |
8 に | 断定の助動詞「なり」の連用形。
「に」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
9 ありける | ラ変動詞「あり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。 |
10 あやし | シク活用の形容詞「あやし」の終止形。意味は「粗末だ」。 |
11 理 | 名詞。読みは「ことわり」。意味は「道理」。 |
12 の | 格助詞の同格。意味は「~で」。
「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
13 埋もれたる | ラ行下二段動詞「埋もる」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。意味は「埋もれている」。「たる」の後に「もの」という名詞が省略されている。 |
14 あやしき | シク活用の形容詞「あやし」の連体形。意味は「いやしい」。 |
15 なれ | 断定の助動詞「なり」の已然形。 |
16 よろしき | シク活用の形容詞「よろし」の連体形。 |
17 奉りし | ラ行四段活用の補助動詞「奉る」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。「奉り」は謙譲語。意味は「差し上げた」。「よろしき主」に対する敬意。 |
18 やおはする | 係助詞「や」+サ変動詞「おはす」の連体形。「や」は疑問。「おはす」は「あり」・「居る」の尊敬語。意味は「いらっしゃるか」。「よろしき主」に対する敬意。
重要な尊敬語「おはす」については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
19 消息 | 名詞。意味は「手紙」。 |
20 奉らん | ラ行四段動詞「奉る」の未然形+意志の助動詞「ん」の未然形。「奉ら」は「与ふ」・「やる」の謙譲語。意味は「差し上げよう」。 |
21 まうで | ダ行下二段動詞「まうづ」の連用形。「行く」の謙譲語。意味は「参上する」。「よろしき主」に対する敬意。 |
22 聞こえ給へ | ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の命令形。「聞こえ」は謙譲語。「給へ」は尊敬語。意味は「申し上げなさってください」。「聞こえ」は「よろしき主」に対する敬意。「給へ」は「家主」に対する敬意。 |
23 なでふこと | 連語。意味は「たいしたこと」。 |
24 なき | ク活用の形容詞「なし」の連体形。 |
25 の | 格助詞の主格。意味は「~が」。 |
26 しかじか | 副詞。意味は「これこれ」。 |
27 教へし | ハ行下二段動詞「教ふ」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。 |
28 入道殿 | 名詞。北条時頼のこと。 |
29 なりけり | 断定の助動詞「なり」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。 |
30 あなかま | 連語。意味は「しっ、静かに」。 |
31 はからひつ | ハ行四段動詞「はからふ」の連用形+完了の助動詞「つ」の終止形。意味は「処置した」。 |
32 の | 格助詞の主格。意味は「~が」。 |
33 現れ給へるか | ラ行下二段動詞「現る」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の已然形+完了の助動詞「り」の連体形+係助詞。「給へ」は尊敬語。意味は「現れなさったのか」。「仏神」に対する敬意。 |
34 ず | 打消の助動詞「ず」の連用形。 |
35 ありし | ラ変動詞「あり」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。 |
36 しけり | サ変動詞「す」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。 |
37 いひける | ハ行四段動詞「いふ」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。「ける」は係助詞「ぞ」に呼応している。 |
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現代語訳
故人・北条時頼朝臣は、康元元年に出家したのち、人目を忍んで、諸国を修行し歩き廻った。それも、国々の様子や、人々の愁いなどを詳しく調べて見聞きするような計画であったのだ。粗末な家に立ち寄っては、その家の主の様子を尋ね聞く。道理のある愁いなどで埋もれていることを聞き出しては、「私は今は賤しい身分でありますが、昔は身分の高い主人を持ち差し上げていたのですが、その方はまだ世で栄えていらっしゃるでしょうかと、手紙を差し上げましょう。これを持って(鎌倉に)参上して申し上げなさってください。」などと言ったので、(家の主は)「たいしたことない修行者が何を。」とは思いながら、(仲間と)話し合って、その手紙を持って東国へ行って、「これこれ」と修行者が教えたとおりに言ってみると、(その手紙は)時頼入道殿のお手紙であったのだ。(役人は)「しっ、静かに。静かに。」と言って、(家の主たちに)長く憂えがないように処置した。(家の主たちは)神仏などが現れなさったのかと言って、皆顔をついて喜んだ。このようなことは、まったく数多くあったために、諸国の役人は(悪政をしないように)気配りをした。時頼朝臣は「最明寺の入道」と言った。
いかがでしたでしょうか。
ここの文章では、格助詞の主格の「の」や同格の「の」など、意味の異なる「の」がたくさん出てきますので、きちんと見分けられるようにしておきましょう。
また、敬語表現もたくさん出てきますが、誰に対する敬意かがそれぞれ異なりますので、きちんと覚えておきましょう。
続きは以下のリンクからどうぞ。
【西川祐信画『絵本倭比事』(寛保二年刊)を参考に挿入画を作成】