『忍音(しのびね)物語』「偽りの別れ」の現代語訳と重要な品詞の解説1

お断り:この記事には、最初に倉橋先生とゆかいな仲間たちの戯れがあります。お急ぎの方は、上にある目次の見たい項目をクリックすると、その解説に飛びますので、そちらをご利用ください。なお、解説は真面目にしております。

ん、笛の音がする。

♪~
♪~

こんばんは。御公家様。
こんな夜中に笛を吹きながら、
どちらに行かれるのですか?

実は私、出家するんです。
父上と仲があまり良くなく、
息子の将来も思案して
決意したのです。

そうですか・・。
心中お察し致します。

私の父上と息子と妻の話、
もっと聞きたくないですか?

いえ、夜遅いので、特に大丈夫ですが・・。

聞きたいですよねー。
聞きたいですよねー。
そこまで言うなら、一部始終
お話致しましょう。

一言も聞きたいと
言っていないのですが…。
お話ししたいんですね?
いいですよ。聞きますよ。

いいんですか?
長いですよー。
私の話。
覚悟してくださいね。

本文

 さて、殿【注1】おはし【注2】て、ことさら【注3】ひきつくろひ【注4】はなやかに【注5】装束し【注6】給ひて、いまひとたび、【注7】をも、またさらぬ【注8】人々をも【注9】奉ら【注10】【注11】おぼし【注12】て、参り【注13】給へ【注14】ば、ただ今ばかりと思ふに、涙【注15】落つる【注16】を紛らはしつつ、候ひ【注17】給へば、上は御覧じ【注18】て、「尽きせぬ【注19】もの思はしさのみこそ心苦しけれ【注20】。」と仰せらるれ【注21】ば、「しばしもの【注22】詣づる【注23】ことの侍れ【注24】ば、やがて【注25】帰り侍ら【注26】。」と奏し【注27】給ふ。「いづくぞ、うらやましくこそ。」とのたまはすれ【注28】ば、「鞍馬の方へ。」と奏して、あまり忍びがたけれ【注29】ば、紛らはしつつ立ち給ふ。上は御覧じて、「さらば【注30】とく【注31】。」と仰せらるる【注32】に、長き別れとしろしめさ【注33】【注34】【注35】ぞ、あはれなる【注36】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 殿 名詞。中納言の父の内大臣のこと。
2 おはし サ変動詞「おはす」の連用形。「居る」の尊敬語。意味は「いらっしゃる」。

重要な尊敬語「おはす」については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

重要な尊敬語「おはす」の解説

3 ことさら 副詞。意味は「格別に」。
4 ひきつくろひ ハ行四段動詞「ひきつくろふ」の連用形。意味は「身なりを整える」。
5 はなやかに ナリ活用の形容動詞「はなやかなり」の連用形。
6 装束し 名詞「装束」+サ変動詞「す」の連用形。意味は「身支度をする」。
7 上 名詞。帝のこと。
8 さらぬ 連語。意味は「それ以外の」。
9 見 マ行上一段動詞「見る」の連用形。
10 奉ら ラ行四段活用の補助動詞「奉る」の未然形。謙譲語。意味は「~差し上げる」。
11 ん 意志の助動詞「ん」の終止形。意味は「~たい」。

「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「む(ん)」の識別の解説

12 おぼし サ行四段動詞「おぼす」の連用形。「思ふ」の尊敬語。
13 参り ラ行四段動詞「参る」の連用形。「行く」の謙譲語。
14 給へ ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の已然形。尊敬語。
15 の 格助詞の主格。意味は「~が」。
助詞「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助詞「の」の識別の解説

16 落つる タ行上二段動詞「落つ」の連体形。
17 候ひ ハ行四段動詞「候ふ」の連用形。「仕ふ」の謙譲語。意味は「お仕えする」。
18 御覧じ サ変動詞「御覧ず」の連用形。「見る」の尊敬語。意味は「御覧になる」。
19 尽きせぬ サ変動詞「尽きす」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。
20 心苦しけれ シク活用の形容詞「心苦し」の已然形。意味は「つらい」。
21 仰せらるれ サ行下二段動詞「仰す」の未然形+尊敬の助動詞「らる」の已然形。「仰す」は「言ふ」の尊敬語。意味は「おっしゃる」。
22 もの 名詞。ここでは寺の意味。
23 詣づる ダ行下二段動詞「詣づ」の連体形。「行く」の謙譲語。意味は「お参りする」。
24 侍れ ラ変動詞「侍り」の已然形。「あり」の丁寧語。意味は「ございます」。
25 やがて 副詞。意味は「すぐに」。
26 ん 意志の助動詞「ん」の終止形。
27 奏し サ変動詞「奏す」の連用形。「言ふ」の謙譲語。意味は「申し上げる・奏上する」。天皇や院などに申し上げるときに使う。
28 のたまはすれ ハ行四段動詞「のたまふ」の已然形。「言ふ」の尊敬語。
29 忍びがたけれ ク活用の形容詞「忍びがたし」の已然形。意味は「こらえがたい」。
30 さらば 接続詞。意味は「それならば」。
31 とく ク活用の形容詞「疾(と)し」の連用形。意味は「早く・すぐに」。
32 仰せらるる サ行下二段動詞「仰す」の未然形+尊敬の助動詞「らる」の連体形。
33 しろしめさ サ行四段動詞「知ろしめす」の未然形。「知る」の尊敬語。意味は「お知りになる・ご存じでいらっしゃる」。
34 れ 自発の助動詞「る」の未然形。
35 ぬ 打消の助動詞「ず」の連体形。「ぬ」の後ろに「こと」が省略されている。
36 あはれなる ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連体形。

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現代語訳

 さて、中納言は、父の内大臣の所へいらっしゃって、格別に身なりを整え、華やかに身支度をしなさって、もう一度、帝とそれ以外の人々を拝見したいとお思いになって、参上なさったところ、お会いするのが今日だけだと思うと、涙が落ちるのを紛らわして、お仕えしなさったところ、帝が中納言を御覧になって、「そなたの尽きないもの思いの様子を見るとつらい」とおっしゃったので、中納言は、しばらく寺院に参ることがございますが、すぐに帰ってきましょう。」と奏上しなさった。帝は「どこへ行くのだ。うらやましいなあ。」とおっしゃったので、中納言は「鞍馬の方へ行きます。」と奏上したが、あまりに別れがこらえ難くなったので、紛らわせながらその場をお立ちになった。帝は中納言を御覧になって、「それならば、早く行ってきなさい。」とおっしゃったが、中納言との永遠の別れとなることを御存じでいらっしゃらないことが、哀れであった。

この場面は帝との別れについて描かれたものです。登場人物である中納言と帝の両方に敬語表現が使われていますので、文章の主語をきちんと確認し、動作主が誰であるかを常に確認しましょう。また、「係り結びの省略」という重要な文法事項が登場します。「うらやましくこそ。」の部分で、「こそ」の後ろに「あれ」が省略されています。
係り結びの省略に関しては、こちらのページで解説をしていますので、よろしかったらご確認ください。

係り結びの省略と流れの解説

お話、ありがとうございました。
ところで、御父上と御子息と奥様の話が
出てきてませんが・・。

ふふふ、これからですよー。
言ったでしょ、長いって。

えー。
まだあるんですかー。

今、話したのが、1です。
5までありますよ。
次は妻との別れの話です。

『忍音(しのびね)物語』「偽りの別れ」の現代語訳と重要な品詞の解説2

【方舟子撰長谷川光信画『絵本藤の縁』(寛延四年刊)を参考に挿入画を作成】

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