『玉勝間』「古よりも後世のまされること」の現代語訳と重要な品詞の解説

お断り:この記事には、最初に倉橋先生とゆかいな仲間たちの戯れがあります。お急ぎの方は、上にある目次の見たい項目をクリックすると、その解説に飛びますので、そちらをご利用ください。なお、解説は真面目にしております。
  
  
御免下さい。
芝全交先生、いらっしゃいますか?
  
  
  
  
  
  
  
おお、倉橋か。
元気か?
今日はどうした?
  
  
  
  
  
  
はい。元気にしております。
実は、妻の実家からミカンを届きまして、
おすそ分けをと思いまして。
  
  
  
  
  
  
  
左様か。これはありがたい。
はて、倉橋。
これはミカンではなくて、
九年母(くねんぼ)だぞ。
  
  
  
  
  
  
えっ、ミカンじゃないんですか?
  
  
  
  
  
  
これは、九年母じゃ。
においが違うじゃろ。
食べ物の見分けができないなんて、
アンジャッシュの大島と同じだな。
  
  
  
  
  
  
先生、アンジャッシュは児嶋です。
以後、きちんと見分けが
できるようにしておきます。
  
  
  
  
  
  
そういえば、
本居宣長が柑橘類のことに
言及している文章が
あったな。
  
  
  
  
  
  
えっ、それは知りませんでした。
是非、教えていだたきたいです。
  
  
  
  
  
  
よろしい。
そなたに講義してやろう。
  
  
  
  
  

本文

 古よりも後世のまされる【注1】こと、よろづ【注2】の物にも事にも多し【注3】
その一つを言はん【注4】に、古は、橘をならびなき【注5】物にしてめでつる【注6】を、近き世には、蜜柑といふ物ありて、この蜜柑に比ぶれ【注7】ば、橘は数にもあらず【注8】気圧されたり注9】。そのほか柑子・柚・九年母・橙などの、たぐひ多き中に、蜜柑ぞ味ことに【注10】すぐれ【注11】て、中にも橘によく【注12】こよなく【注13】まされる物なり【注14】。この一つにて【注15】おしはかるべし【注16】。あるいは、古にはなくて、今はある物も多く、古はわろく【注17】て、今のはよきたぐひ多し。
これをもて思へば、今より後も、またいかにあらん【注18】。今にまされる物多く出で来べし【注19】。今の心にて【注20】思へば、古はよろづに事足らず、あかぬ【注21】多かりけん【注22】。されどその世には、さはおぼえず【注23】やありけん【注24】。今より後、また物【注25】多くよきが出で来ん【注26】世には、今をもしか思ふべけれ【注27】ど、今の人、事足らずとはおぼえぬ【注28】ごとし【注29】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 まされる ラ行四段動詞「まさる」の命令形+存続の助動詞「る」の連体形。意味は「優っている」。
2 よろづ 名詞。意味は「いろいろ」。
3 多し ク活用の形容詞「多し」の終止形。
4 言はん ハ行四段動詞「言ふ」の未然形+意志の助動詞「ん」の連体形。意味は「言おう」。

「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「む(ん)」の識別の解説

5 ならびなき ク活用の形容詞「ならびなき」の連体形。
6 めでつる ダ行下二段動詞「めづ」の連用形+完了の助動詞「つ」の連体形。意味は「賞美していた」。
7 比ぶれ バ行下二段動詞「比ぶ」の已然形。
8 にもあらず 断定の助動詞「なり」の連用形+係助詞「も」+ラ変動詞「あり」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。
9 気圧されたり ラ行下二段動詞「気圧さる」の連用形+存続の助動詞「たり」の終止形。意味は「圧倒されている」。
10 ことに 副詞。意味は「特に・とりわけ」。
11 すぐれ ラ行下二段動詞「すぐる」の連用形。
12 似 ナ行上一段動詞「似る」の連用形。
13 こよなく ク活用の形容詞「こよなし」の連用形。意味は「格段に」。
14 なり 断定の助動詞「なり」の終止形。
15 にて 格助詞。意味は「~によって」。

「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「にて」の識別の解説

16 おしはかるべし ラ行四段動詞「おしはかる」の終止形+可能の助動詞「べし」の終止形。
17 わろく ク活用の形容詞「わろし」の連用形。意味は「よくない」。
18 いかにあらん 副詞「いかに」+ラ変動詞「あり」の未然形+推量の助動詞「ん」の連体形。意味は「どのようであろうか」。
19 出で来べし カ変動詞「出で来(く)」の終止形+推量の助動詞「べし」の終止形。

「べし」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「べし」の識別の解説

20 にて 格助詞。意味は「~で」。
21 あかぬ カ行四段動詞「あく」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。意味は「満足しない」。
22 多かりけん ク活用の形容詞「多し」の連用形+過去推量の助動詞「けん」の終止形。
23 おぼえず ヤ行下二段動詞「おぼゆ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。
24 やありけん 係助詞「や」+ラ変動詞「あり」の連用形+過去推量の助動詞「けん」の連体形。
25 の 格助詞の主格。意味は「~が」。

「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助詞「の」の識別の解説

26 出で来(こ)ん カ変動詞「出で来(く)」の未然形+婉曲の助動詞「ん」の連体形。意味は「出てくるような」。
27 思ふべけれ ハ行四段動詞「思ふ」の終止形+推量の助動詞「べし」の已然形。
28 おぼえぬ ヤ行下二段動詞「おぼゆ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。
29 ごとし 比況の助動詞「ごとし」の終止形。

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現代語訳

  昔よりも後の時代の方が優っていることは、色々な物でも事柄でも多い。
その例の一つを挙げようとすると、昔は、橘を並ぶものがない果物として賞美していたが、近頃の世間では、蜜柑というものがあって、この蜜柑に比べると、橘は価値のあるものではなく、(蜜柑に)圧倒されている。そのほか、柑子・ゆず・くねんぼ・橙などの、同類が多くある中でも、蜜柑こそ味が特に優れていて、中でも橘によく似ていて、格別に優っているものである。この一例によって推し量ることができる。あるいは、昔にはなくて、今はある物も多く、昔のはよくなくて、今のやつはよいという類も多い。
これによって考えると、今から後の時代も、またどのようであろうか。今よりも優っている物が多く出てくるでだろう。現在の心で考えると、昔はいろいろ足らなくて、満足しないことが多かっただろう。そうではあるけれど、その時代では、そのようには思わなかったのであろう。今から後、また物が多く、良いものが出てくるような時代では、現在をそう(物足らないと)思うだろうが、(それは)現在の人が、足らないと思わないのと同じようである。

いかがでしたかな。
助動詞の「べし」や「ん」がたくさん登場し、意味が文脈ごとに異なるので、きちんと見分けできるようにしておくのがよいだろう。

ありがとうございました。

たいへん勉強になりました。

おお、そうか。
それは良かった。
謝礼は、お酒でよいぞ。
次回、持ってこい。

えっ。
講義代、取るんですか?
先生、商売上手ですね。
分かりました。次回持ってきます。

  
  

【芝全交作北尾重政画『全交法師常々草』(寛政六年刊)を参考に挿入画を作成】

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