『宇治拾遺物語』「唐に卒塔婆血つくこと」の現代語訳と重要な品詞の解説4

では、「唐に卒塔婆血つくこと」の前回の続きの文章を見ていきましょう。

前回の解説はこちら。

『宇治拾遺物語』「唐に卒塔婆血つくこと」の現代語訳と重要な品詞の解説3

本文

 この男ども、「この女は今日はよも来じ【注1】。明日また来て見ん【注2】に、おどし【注3】走らせ【注4】笑はん【注5】。」と言ひ合はせて、血をあやし【注6】て、卒都婆によく塗りつけて、この男ども帰り下りて、里の者どもに、「この麓なる【注7】【注8】、日ごとに峰に登りて卒都婆見るを、あやしさ【注9】に問へば、しかしか【注10】なん【注11】言へば、明日おどして走らせん【注12】とて、卒都婆に血を塗りつるなり【注13】。さぞ崩るらん【注14】ものや。」など言ひ笑ふを、里の者ども聞き伝へて、をこなる【注15】ことの【注16】に引き、笑ひけり【注17】
 かくてまたの日、女登りて見るに、卒都婆に血【注18】多らかに【注19】つきたりけれ【注20】ば、女うち見るままに、【注21】を違へて、倒れ転び、走り帰りて、叫び言ふやう、「この里の人々、とく【注22】逃げ退きて命生きよ【注23】。この山はただ今崩れて、深き海になりなん【注24】とす。」とあまねく【注25】告げまはして、家に行きて、子、孫どもに家の具足【注26】ども負ほせ【注27】持たせ【注28】て、おのれも持ちて、手惑ひして、里移り【注29】しぬ【注30】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 よも来じ 副詞「よも」+カ変動詞「来(く)」の未然形+打消推量の助動詞「じ」の終止形。意味は「まさか来るまい」。
2 見ん

マ行上一段動詞「見る」の未然形+仮定の助動詞「ん」の連体形。意味は「見るとしたら」。

「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「む(ん)」の識別の解説

3 おどし サ行四段動詞「おどす」の連用形。意味は「驚かす」。
4 走らせ ラ行四段動詞「走る」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形。意味は「走らせる」。
5 笑はん ハ行四段動詞「笑ふ」の未然形+意志の助動詞「ん」の終止形。意味は「笑おう」。
6 あやし サ行四段動詞「あやす」の連用形。意味は「したたらす」。
7 なる 存在の助動詞「なり」の連体形。意味は「~にいる」。
8 の

格助詞の主格。意味は「~が」。

「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助詞「の」の識別の解説

9 あやしさ 名詞。意味は「不思議なこと・奇妙さ」。
10 しかしか 副詞。意味は「こうこう」。
11 なん

係助詞。本来ならば「なん」の後ろにある「言へ」が係り結びの法則で、「言ふ」となるのだが、接続助詞「ば」があるため、係り結びの法則が流れて(消滅して)いる。

係り結びの流れについては、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

係り結びの省略と流れの解説

12 走らせん ラ行四段動詞「走る」の未然形+使役の助動詞「す」の未然形+意志の助動詞「ん」の終止形。意味は「走らせよう」。
13 塗りつるなり ラ行四段動詞「塗る」の連用形+完了の助動詞「つ」の連体形+断定の助動詞「なり」の終止形。意味は「塗ったのである」。
14 崩るらん ラ行下二段動詞「崩る」の終止形+現在推量の助動詞「らん」の連体形。意味は「今頃崩れているだろう」。
15 をこなる ナリ活用の形容動詞「をこなり」の連体形。意味は「愚か」。
16 例 名詞。意味は「先例」。
17 笑ひけり ハ行四段動詞「笑ふ」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。意味は「笑った」。
18 の 格助詞の主格。意味は「~は」。
19 多らかに ナリ活用の形容動詞「多らかなり」の連用形。意味は「たくさん」。
20 つきたりけれ カ行四段動詞「つく」の連用形+存続の助動詞「たり」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。意味は「付いていた」。
21 色 名詞。意味は「顔色」。
22 とく 副詞。意味は「早く」。
23 生きよ カ行上二段動詞「生く」の命令形。
24 なりなん

ラ行四段動詞「なる」の連用形+強意(確述)の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「ん」の終止形。意味は「きっと~だろう」。

「なむ(なん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「なむ」の識別の解説

25 あまねく 副詞。意味は「すべてにわたって広く」。
26 具足 名詞。意味は「所持品」。
27 負ほせ サ行下二段動詞「負ほす」の連用形。意味は「背負わせる」。
28 持たせ タ行四段動詞「持つ」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形。意味は「持たせる」。
29 里移り 名詞。意味は「転居・引っ越し」。
30 しぬ サ変動詞「す」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。意味は「してしまった」。

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現代語訳 

 この若者たちは「この老女は今日はまさか(ここに戻って)来るまい。明日来て見る時に、驚かして走らせて(皆で)笑おう。」と相談して、血を滴らして、卒塔婆によく塗りつけて、この若者たちは帰り、山を下りて、里の者たちに、「この山の麓にいる老女が、毎日峰に登って卒塔婆を見ているのを、不思議なことだと思って尋ねたところ、こうこうと答えたので、明日老女を驚かして、走らせようと、卒塔婆に血を塗ったのである。きっと今頃崩れているだろうよ。」などと言って笑うのを、里の者たちは聞き伝えて、愚かなことの先例として笑った。
 こうしてまた次の日、老女が登って見ると、卒塔婆に血がたくさん付いていたので、ちらっと見て、顔色を変えて、倒れ転び、走って帰って、叫んで言ったことには、「この里の人々は、早く逃げ去って、命を生き延びよ。この山は今から崩れて、深い海にきっとなるだろう。」とすべてにわたって広く告げ回って、自分の家に行って、子と孫たちに家族の所持品を背負わせ、持たせて、自分も荷物を持って、うろたえながら転居した。

いかがでしたでしょうか。

この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。

・助動詞「ん」の識別ができるようにしておきましょう(注2・5・12)。

・重要な表現(注1・24)は、品詞分解と現代語訳ができるようにしておきましょう。

続きは以下のリンクからどうぞ。

『宇治拾遺物語』「唐に卒塔婆血つくこと」の現代語訳と重要な品詞の解説5

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