では、「唐に卒塔婆血つくこと」の前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
『宇治拾遺物語』「唐に卒塔婆血つくこと」の現代語訳と重要な品詞の解説3
本文
この男ども、「この女は今日はよも来じ【注1】。明日また来て見ん【注2】に、おどし【注3】て走らせ【注4】て笑はん【注5】。」と言ひ合はせて、血をあやし【注6】て、卒都婆によく塗りつけて、この男ども帰り下りて、里の者どもに、「この麓なる【注7】女の【注8】、日ごとに峰に登りて卒都婆見るを、あやしさ【注9】に問へば、しかしか【注10】なん【注11】言へば、明日おどして走らせん【注12】とて、卒都婆に血を塗りつるなり【注13】。さぞ崩るらん【注14】ものや。」など言ひ笑ふを、里の者ども聞き伝へて、をこなる【注15】ことの例【注16】に引き、笑ひけり【注17】。
かくてまたの日、女登りて見るに、卒都婆に血の【注18】多らかに【注19】つきたりけれ【注20】ば、女うち見るままに、色【注21】を違へて、倒れ転び、走り帰りて、叫び言ふやう、「この里の人々、とく【注22】逃げ退きて命生きよ【注23】。この山はただ今崩れて、深き海になりなん【注24】とす。」とあまねく【注25】告げまはして、家に行きて、子、孫どもに家の具足【注26】ども負ほせ【注27】持たせ【注28】て、おのれも持ちて、手惑ひして、里移り【注29】しぬ【注30】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 よも来じ | 副詞「よも」+カ変動詞「来(く)」の未然形+打消推量の助動詞「じ」の終止形。意味は「まさか来るまい」。 |
2 見ん |
マ行上一段動詞「見る」の未然形+仮定の助動詞「ん」の連体形。意味は「見るとしたら」。 「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
3 おどし | サ行四段動詞「おどす」の連用形。意味は「驚かす」。 |
4 走らせ | ラ行四段動詞「走る」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形。意味は「走らせる」。 |
5 笑はん | ハ行四段動詞「笑ふ」の未然形+意志の助動詞「ん」の終止形。意味は「笑おう」。 |
6 あやし | サ行四段動詞「あやす」の連用形。意味は「したたらす」。 |
7 なる | 存在の助動詞「なり」の連体形。意味は「~にいる」。 |
8 の |
格助詞の主格。意味は「~が」。 「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
9 あやしさ | 名詞。意味は「不思議なこと・奇妙さ」。 |
10 しかしか | 副詞。意味は「こうこう」。 |
11 なん |
係助詞。本来ならば「なん」の後ろにある「言へ」が係り結びの法則で、「言ふ」となるのだが、接続助詞「ば」があるため、係り結びの法則が流れて(消滅して)いる。 係り結びの流れについては、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
12 走らせん | ラ行四段動詞「走る」の未然形+使役の助動詞「す」の未然形+意志の助動詞「ん」の終止形。意味は「走らせよう」。 |
13 塗りつるなり | ラ行四段動詞「塗る」の連用形+完了の助動詞「つ」の連体形+断定の助動詞「なり」の終止形。意味は「塗ったのである」。 |
14 崩るらん | ラ行下二段動詞「崩る」の終止形+現在推量の助動詞「らん」の連体形。意味は「今頃崩れているだろう」。 |
15 をこなる | ナリ活用の形容動詞「をこなり」の連体形。意味は「愚か」。 |
16 例 | 名詞。意味は「先例」。 |
17 笑ひけり | ハ行四段動詞「笑ふ」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。意味は「笑った」。 |
18 の | 格助詞の主格。意味は「~は」。 |
19 多らかに | ナリ活用の形容動詞「多らかなり」の連用形。意味は「たくさん」。 |
20 つきたりけれ | カ行四段動詞「つく」の連用形+存続の助動詞「たり」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。意味は「付いていた」。 |
21 色 | 名詞。意味は「顔色」。 |
22 とく | 副詞。意味は「早く」。 |
23 生きよ | カ行上二段動詞「生く」の命令形。 |
24 なりなん |
ラ行四段動詞「なる」の連用形+強意(確述)の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「ん」の終止形。意味は「きっと~だろう」。 「なむ(なん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
25 あまねく | 副詞。意味は「すべてにわたって広く」。 |
26 具足 | 名詞。意味は「所持品」。 |
27 負ほせ | サ行下二段動詞「負ほす」の連用形。意味は「背負わせる」。 |
28 持たせ | タ行四段動詞「持つ」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形。意味は「持たせる」。 |
29 里移り | 名詞。意味は「転居・引っ越し」。 |
30 しぬ | サ変動詞「す」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。意味は「してしまった」。 |
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現代語訳
こうしてまた次の日、老女が登って見ると、卒塔婆に血がたくさん付いていたので、ちらっと見て、顔色を変えて、倒れ転び、走って帰って、叫んで言ったことには、「この里の人々は、早く逃げ去って、命を生き延びよ。この山は今から崩れて、深い海にきっとなるだろう。」とすべてにわたって広く告げ回って、自分の家に行って、子と孫たちに家族の所持品を背負わせ、持たせて、自分も荷物を持って、うろたえながら転居した。
いかがでしたでしょうか。
この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。
・助動詞「ん」の識別ができるようにしておきましょう(注2・5・12)。
・重要な表現(注1・24)は、品詞分解と現代語訳ができるようにしておきましょう。
続きは以下のリンクからどうぞ。