『建礼門院右京大夫集』「資盛との思ひ出」の現代語訳と重要な品詞の解説2

  

では、「資盛との思い出」の前回の続きの文章を見ていきましょう。

前回の解説はこちら。

  

『建礼門院右京大夫集』「資盛との思ひ出」の現代語訳と重要な品詞の解説1

  
  

本文

 たとひ何とも思はず【注1】とも、かやうに聞こえ慣れ【注2】ても、年月といふばかりになりぬる【注3】情けに、道の光も必ず思ひやれ【注4】。また、もし命たとひ今しばしなどありとも、すべて今は、心を、昔の身とは思はじ【注5】と、思ひしたためてなんある【注6】。そのゆゑは、ものをあはれとも、何の名残、その人のことなど思ひ立ちな【注7】ば、思ふ限りも及ぶまじ【注8】。心弱さもいかなるべし【注9】とも、身ながらおぼえね【注10】ば、何事も思ひ捨てて、人のもとへ、『さても。』など言ひて【注11】やることなども、いづく【注12】の浦よりもせじ【注13】思ひとりたる【注14】を、なほざりにて【注15】聞こえぬ【注16】など、なおぼしそ【注17】よろづ【注18】、ただ今より、身を変へたる【注19】身と思ひなりぬる【注20】を、なほ【注21】ともすれば【注22】、もとの心になりぬべき【注23】なん、いとくちをしき【注24】。」と言ひし【注25】ことの、げに【注26】さること【注27】聞きし【注28】も、何とか言はれん【注29】。涙のほかは、言の葉もなかりし【注30】を、つひに、秋の初めつ方の、夢のうちの夢を聞きし心地、何にかはたとへん【注31】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 思はず ハ行四段動詞「思ふ」の未然形+打消の助動詞「ず」の終止形。意味は「思わない」。
2 聞こえ慣れ ラ行下二段動詞「聞こえ慣る」の連用形。意味は「お話申し上げて親しくなる」。「言ひ慣る」の謙譲語で、作者に対する敬意。

会話文の敬意の方向(誰から誰に)については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

古文の敬意の方向(誰から誰に)の解説

3 なりぬる ラ行四段動詞「なる」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連体形。意味は「なってしまった」。
4 思ひやれ ラ行四段動詞「思ひやる」の命令形。意味は「思いやってくだされ」。
5 思はじ ハ行四段動詞「思ふ」の未然形+打消意志の助動詞「じ」の終止形。意味は「思うまい」。
6 ある ラ変動詞「あり」の連体形。係助詞「なん」に呼応している。
7 思ひ立ちな タ行四段動詞「思ひ立つ」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の未然形。意味は「思い始めた」。
8 及ぶまじ バ行四段動詞「及ぶ」の終止形+打消推量の助動詞「まじ」の終止形。意味は「及ばないだろう」。
9 いかなるべし ナリ活用の「いかなり」の連体形+推量の助動詞「べし」の終止形。意味は「どうであろう」。

「べし」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「べし」の識別の解説

10 おぼえね ヤ行下二段動詞「おぼゆ」の未然形+打消の助動詞「ず」の已然形。意味は「思い浮かばない」。
11 文 名詞。意味は「手紙」。
12 いづく 代名詞。意味は「どこの」。
13 せじ サ変動詞「す」の未然形+打消意志の助動詞「じ」の終止形。意味は「するまい」。
14 思ひとりたる ラ行四段動詞「思ひとる」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。意味は「決心している」。
15 なほざりにて ナリ活用の形容動詞「なほざりなり」の連用形+接続助詞「て」。意味は「疎かに思って」。

「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「にて」の識別の解説

16 聞こえぬ ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。意味は「差し上げない」。「聞こえ」は謙譲語で、作者に対する敬意。
17 なおぼしそ 副詞「な」+サ行四段動詞「おぼす」の連用形+終助詞「そ」。意味は「思いなさらないでください」。

禁止表現「な~そ」については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

古文の重要な終助詞の解説

18 よろづ 名詞。意味は「万事」。
19 変へたる ハ行下二段動詞「変ふ」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。意味は「変えてしまう」。
20 思ひなりぬる ラ行四段動詞「思ひなる」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連体形。意味は「そのように考えてしまう」。
21 なほ 副詞。意味は「やはり」。
22 ともすれば 副詞。意味は「どうかすると」。
23 なりぬべき ラ行四段動詞「なる」の連用形+確述(強意)の助動詞「ぬ」の終止形+推量の助動詞「べし」の連体形。意味は「きっとなってしまうだろう」。
24 くちをしき シク活用の形容動詞「くちをし」の連体形。意味は「残念だ」。係助詞「なん」に呼応している。
25 言ひし ハ行四段動詞「言ふ」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「言った」。
26 げに 副詞。意味は「なるほど」。
27 さること 連語。意味は「もっともなこと」。
28 聞きし カ行四段動詞「聞く」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「聞いた」。
29 言はれん ハ行四段動詞「言ふ」の未然形+可能の助動詞「る」の未然形+推量の助動詞「ん」の連体形。意味は「言うことができるだろう」。「ん」は係助詞「か」に呼応している。

「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「む(ん)」の識別の解説

30 なかりし ク活用の形容詞「なし」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「なかった」。
31 たとへん ハ行下二段動詞「たとふ」の未然形+推量の助動詞「ん」の連体形。意味は「たとえるだろう」。「ん」は係助詞「かは」に呼応している。

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現代語訳

 たとえ(私のことを)何とも思わなくても、このように(あなたに)お話し申し上げて親しくなって、長い年月になってしまった愛情で、(私の)後世の供養も必ず思いやってくだされ。また、もし私の命がたとえ、今しばらくあるとしても、まったく今は、心を昔の自分とは思うまいと、決めて覚悟しているのであります。そのわけは、物事を憐れや、何かの名残惜しさ、愛おしい人のことなどを思い始めてしまったならば、思う限界も及ばないでしょう。(私は自分の)心の弱さもどうであろうと、我ながら思い浮かばないので、何事も思い捨てて、愛しい人のところへ、『さて(その後いかがお過ごしですか)。』などと言った内容の手紙を送ることなども、どこの海辺からもするまいと決心しているのを、(あなたは私が)疎かに思っているから手紙も差し上げないなどと、思いなさらないでください。すべて、たった今から、身の上を変えてしまう身とそのように考えるようになってしまうのを、やはりどうかすると、もとの気持ちにきっとなってしまうだろうというのが、とても残念です。」と言ったことを、なるほどもっともなことと聞いたのを、何と言うことができるだろうか。いやできない。涙のほかに、言葉もなかったのだが、とうとう、秋の初めのころの、(平家が都落ちするという)夢の中の夢のような話を聞いたときの気持ちは、何にたとえるだろうか。いや何にもたとえられない。
  

  

いかがでしたでしょうか。

この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。

  
  

・注17は重要表現ですので、現代語訳ができるようにしておきましょう。

・注23と注29は助動詞が組み合わされていますので、品詞分解と現代語訳ができるようにしておきましょう。

  

続きは以下のリンクからどうぞ。

『建礼門院右京大夫集』「資盛との思ひ出」の現代語訳と重要な品詞の解説3

  

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