では、「海幸山幸」の前回の続きの文章を見ていきましょう。
前回の解説はこちら。
本文
ここに海の神みづから出で見て、「この人は天津日高【注1】の御子、虚空津日高【注2】ぞ。」と言ひて、すなはち【注3】内に率【注4】て入りて、みち【注5】の皮の畳【注6】八重【注7】を敷き、また絹畳八重をその上に敷き、その上にいませ【注8】て、百取り【注9】の机代の物【注10】を具へ【注11】、御餐【注12】して、すなはちその女豊玉毘売【注13】を婚はしめまつりき【注14】。かれ【注15】、三年に至るまでその国に住みたまひき【注16】。
ここに火遠理命、その初めのことを思ほし【注17】て、大きなる【注18】嘆きしたまひき【注19】。かれ、豊玉毘売命、その嘆きを聞かし【注20】て、その父にまをし【注21】ていはく、「三年住みたまへ【注22】ども、つねは嘆かす【注23】こともなかりし【注24】に、今夜大きなる嘆きしたまひつ【注25】。もし何のゆゑかある【注26】。」とまをしき【注27】。かれ、その父の大神、その聟夫【注28】に問ひていはく、「けさ我が女の【注29】語るを聞けば、『三年いませ【注30】ども、つねは嘆かすこともなかりしに、今夜大きなる嘆きしたまひつ。』と言ひき【注31】。もしゆゑありや【注32】。また、ここに至りし【注33】ゆゑはいかに【注34】。」と言ひき。ここにその大神に、つぶさに【注35】その兄の【注36】、失せにし【注37】鉤を罰りし【注38】さまのごとく【注39】語りたまひき【注40】。
ここに火遠理命、その初めのことを思ほし【注17】て、大きなる【注18】嘆きしたまひき【注19】。かれ、豊玉毘売命、その嘆きを聞かし【注20】て、その父にまをし【注21】ていはく、「三年住みたまへ【注22】ども、つねは嘆かす【注23】こともなかりし【注24】に、今夜大きなる嘆きしたまひつ【注25】。もし何のゆゑかある【注26】。」とまをしき【注27】。かれ、その父の大神、その聟夫【注28】に問ひていはく、「けさ我が女の【注29】語るを聞けば、『三年いませ【注30】ども、つねは嘆かすこともなかりしに、今夜大きなる嘆きしたまひつ。』と言ひき【注31】。もしゆゑありや【注32】。また、ここに至りし【注33】ゆゑはいかに【注34】。」と言ひき。ここにその大神に、つぶさに【注35】その兄の【注36】、失せにし【注37】鉤を罰りし【注38】さまのごとく【注39】語りたまひき【注40】。
重要な品詞と語句の解説
語句【注】 | 品詞と意味 |
1 天津日高 | 名詞。火遠理命の父の邇邇芸命(ににぎのみこと)のこと。読みは「あまつひたか」。 |
2 虚空津日高 | 名詞。火遠理命の尊称。読みは「そらつひたか」。 |
3 すなはち | 副詞。意味は「すぐに」。 |
4 率 | ワ行上一段動詞「率る」の連用形。意味は「連れていく」。 |
5 みち | 名詞。アシカのこと。 |
6 畳 | 名詞。敷物の総称。 |
7 八重 | 名詞。多くのものが重なっていること。 |
8 いませ | サ行下二段動詞「います」の連用形。意味は「いらっしゃらせる」。「あらしむ」の尊敬語で、火遠理命に対する敬意。 |
9 百取り | 名詞。意味は「多くの物」。読みは「ももとり」。 |
10 机代の物 | 連語。意味は「飲食物」。読みは「つくえしろのもの」。 |
11 具へ | ハ行下二段動詞「具ふ」の連用形。意味は「そろえる・整える」。 |
12 御餐 | 名詞。意味は「ごちそう」。読みは「みあえ」。 |
13 豊玉毘売 | 名詞。海の神の娘。 |
14 婚はしめまつりき | ハ行四段動詞「婚(あ)ふ」の未然形+使役の助動詞「しむ」の連用形+ラ行四段活用の補助動詞「まつる」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「嫁入りさせ申し上げた」。「まつり」は謙譲語で、火遠理命に対する敬意。 |
15 かれ | 接続詞。意味は「それで・そこで」。 |
16 住みたまひき | マ行四段動詞「住む」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「住みなさった」。「たまひ」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。 |
17 思ほし | サ行四段動詞「思ほす」の連用形。意味は「お思いになる」。「思ふ」の尊敬語で、火遠理命に対する敬意。 |
18 大きなる | ナリ活用の形容動詞「大きなり」の連体形。 |
19 したまひき | サ変動詞「す」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「しなさった」。「たまひ」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。 |
20 聞かし | カ行四段動詞「聞く」の未然形+尊敬の助動詞「す」の連用形。意味は「お聞きになる」。「し」は、豊玉毘売命に対する敬意。 |
21 まをし | サ行四段動詞「まをす」の連用形。意味は「申し上げる」。「申す」の古形。謙譲語で、父に対する敬意。 |
22 住みたまへ | マ行四段動詞「住む」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の已然形。意味は「お住みになる」。「たまへ」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。 |
23 嘆かす | カ行四段動詞「嘆く」の未然形+尊敬の助動詞「す」の連体形。意味は「お嘆きになる」。「す」は、豊玉毘売命に対する敬意。 |
24 なかりし | ク活用の形容詞「なし」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「なかった」。 |
25 したまひつ | サ変動詞「す」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の連用形+完了の助動詞「つ」の終止形。意味は「しなさった」。「たまひ」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。 |
26 かある | 係助詞「か」+ラ変動詞「あり」の連体形。意味は「あるのか」。 |
27 まをしき | サ行四段動詞「まをす」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「申し上げた」。「まをし」は謙譲語で、父に対する敬意。 |
28 聟夫 | 名詞。火遠理命のこと。読みは「むこ」。 |
29 の |
格助詞の主格。意味は「~が」。 「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 |
30 いませ | サ行下二段動詞「います」の已然形。意味は「いらっしゃらせる」。「あらしむ」の尊敬語で、火遠理命に対する敬意。 |
31 言ひき | ハ行四段動詞「言ふ」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「言った」。 |
32 ありや | ラ変動詞「あり」の終止形+係助詞「や」。意味は「あるのか」。 |
33 至りし | ラ行四段動詞「至る」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「至った」。 |
34 いかに | 副詞。意味は「どのように」。 |
35 つぶさに | ナリ活用の形容動詞「つぶさなり」の連用形。意味は「詳しいさま」。 |
36 の | 格助詞の主格。意味は「~が」。 |
37 失せにし | サ行下二段動詞「失(う)す」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「失くしてしまった」。 |
38 罰りし | ラ行四段動詞「罰(はた)る」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「責め立てた」。 |
39 ごとく | 比況の助動詞「ごとし」の連用形。意味は「~のようだ」。 |
40 語りたまひき | ラ行四段動詞「語る」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の連用形+過去の助動詞「き」の終止形。意味は「語りなさった」。「たまひ」は尊敬語で、火遠理命に対する敬意。 |
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現代語訳
この時、海の神がみずから外に出て見て、「この人は天津日高の御子の虚空津日高だ。」と言って、すぐに宮殿の中に連れていき、アシカの毛皮の敷物を幾重にも敷いて、また絹の敷物をその上に幾重にも敷いて、その上に火遠理命をいらっしゃらせて、たくさんの飲食物をそろえて、ごちそうして、すぐに娘の豊玉毘売を嫁入りさせ申し上げた。それで、火遠理命は三年に至るまでその海の神の国に住みなさった。
さて、火遠理命はここに至る最初の事件をお思いになり、大きなため息をしなさった。それで、豊玉毘売命が、そのため息をお聞きになって、父に申し上げて言った。「火遠理命様は三年お住みになっていますが、いつも嘆きなさることはなかったのですが、今夜大きなため息をしなさいました。もしかしたら、何か理由があるのではないでしょうか。」と申し上げた。そこで、豊玉毘売の父である海の神が、聟である火遠理命に尋ねて言った。「今朝、私の娘が語ったのを聞くところ、『三年いらっしゃらせますが、いつも嘆きなさることはありませんでしたが、今夜大きなためいきをしなさいました。』と娘が言っていた。もしかしたら理由があるのでは。また、あなたがここに至った理由はどのようなものですか。」と言った。この時、火遠理命は海の神に詳しく兄が、失くしてしまった釣り針のことで責め立てた様子をありのままのように語りなさった。
さて、火遠理命はここに至る最初の事件をお思いになり、大きなため息をしなさった。それで、豊玉毘売命が、そのため息をお聞きになって、父に申し上げて言った。「火遠理命様は三年お住みになっていますが、いつも嘆きなさることはなかったのですが、今夜大きなため息をしなさいました。もしかしたら、何か理由があるのではないでしょうか。」と申し上げた。そこで、豊玉毘売の父である海の神が、聟である火遠理命に尋ねて言った。「今朝、私の娘が語ったのを聞くところ、『三年いらっしゃらせますが、いつも嘆きなさることはありませんでしたが、今夜大きなためいきをしなさいました。』と娘が言っていた。もしかしたら理由があるのでは。また、あなたがここに至った理由はどのようなものですか。」と言った。この時、火遠理命は海の神に詳しく兄が、失くしてしまった釣り針のことで責め立てた様子をありのままのように語りなさった。
いかがでしたでしょうか。
この部分で重要なところは以下の通りです。
・敬語表現は誰に対する敬意かが分かるようにしておきましょう(敬意の対象は、豊玉毘売命と火遠理命と父の三人です)。
・注20の「し」と注24・33・38の「し」は助動詞の意味は異なりますので、分かるようにしておきましょう(注20が尊敬で、注24・33・38が過去の助動詞です)。
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