『今昔物語集』「馬盗人」の現代語訳と重要な品詞の解説3

  

では、「馬盗人」の前回の続きの文章を見ていきましょう。

前回の解説はこちら。

『今昔物語集』「馬盗人」の現代語訳と重要な品詞の解説2

本文

 しかる間【注1】、雨の音やまず【注2】に降る。夜半ばかりに、雨の紛れに馬盗人入り来たり【注3】。この馬を取りて引き出でて去りぬ【注4】。その時に、厩の方に人声をあげて叫びていはく、「夜前【注5】参りたる【注6】御馬を、盗人取りてまかりぬ【注7】。」と。頼信、この声をほのかに【注8】聞きて、頼義が寝たる【注9】に、「かかること【注10】言ふは、聞く【注11】。」と告げず【注12】して【注13】起きける【注14】ままに衣を引き壺折り【注15】て、胡箙【注16】をかき負ひて、厩に走り行きて、自ら馬を引きいだして、あやしの鞍【注17】【注18】ありける【注19】を置きて、それに乗りて、ただ独り関山ざまに追ひて行く。心は、「この盗人は、東の者【注20】、このよき【注21】【注22】て、取らむ【注23】とて付きて来けれ【注24】ば、道の間にて【注25】え取らず【注26】して【注27】、京に来たり【注28】て、かかる雨の紛れに取りて去りぬるなめり【注29】。」と思ひて、行くなるべし【注30】
また頼義も、その声を聞きて、親の思ひけるやうに思ひて、親にかくとも告げずして【注31】、いまだ装束も解かで【注32】丸寝【注33】にて【注34】ありければ、起きけるままに、親のごとく【注35】に胡箙をかき負ひて、厩なる【注36】関山ざまに、ただ独り追ひて行くなり【注37】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 しかる間 接続詞。意味は「そうする間にも」。
2 やまず マ行四段動詞「やむ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。
3 入り来たり カ変動詞「入り来(く)」の連用形+完了の助動詞「たり」の終止形。
4 去りぬ ラ行四段動詞「去る」連用形+完了の助動詞「ぬ」の終止形。
5 率 ワ行上一段動詞「率る」の連用形。
6 参りたる ラ行四段動詞「参る」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。「参り」は謙譲語。意味は「参った」。「頼信」に対する敬意。

会話文の敬意の方向(誰から誰に)については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

古文の敬意の方向(誰から誰に)の解説

7 まかりぬ ラ行四段動詞「まかる」+完了の助動詞「ぬ」の終止形。「まかる」は謙譲語。意味は「退出した」。「頼信」に対する敬意。
8 ほのかに ナリ活用の形容動詞「ほのかなり」の連用形。
9 寝たる ナ行下二段動詞「寝(ぬ)」の連用形+存続の助動詞「たり」の連体形。
10 かかること 連語。意味は「このようなこと」。
11 や 係助詞。「や」の後に「あらん」が省略されている。

係り結びの省略については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

係り結びの省略と流れの解説

12 告げず ガ行下二段動詞「告ぐ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。
13 して 接続助詞。意味は「~で」。
14 起きける カ行上二段動詞「起く」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。
15 壺折り ラ行四段動詞「壺折る」の連用形。意味は「服の裾をつまんで帯にはさむ」。
16 胡箙 名詞。矢を入れる道具のこと。読みは「やなぐい」。
17 あやしの鞍 連語。意味は「粗末な鞍」。
18 の 格助詞の主格。意味は「~が」。

「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助詞「の」の識別の解説

19 ありける ラ変動詞「あり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。
20 の 格助詞の主格。意味は「~が」。
21 よき ク活用の形容詞「よし」の連体形。
22 見 マ行上一段動詞「見る」の連用形。
23 取らむ ラ行四段動詞「取る」の未然形+意志の助動詞「む」の終止形。

「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「む(ん)」の識別の解説

24 来けれ カ変動詞「来(く)」の連用形+過去の助動詞「けり」の已然形。
25 にて 格助詞。意味は「~で」。

「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「にて」の識別の解説

26 え取らず 副詞「え」+ラ行四段動詞「取る」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。意味は「取ることができない」。
27 して 接続助詞。意味は「~で」。
28 来たり ラ行四段動詞「来たる」の連用形。意味は「やって来る」。
29 去りぬるなめり ラ行四段動詞「去る」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連体形+断定の助動詞「なり」の連体形+推定の助動詞「めり」の終止形。。「なめり」は本来の形は「なるめり」であったが、撥音便化で「なんめり」となり、「ん」を表記しない形(なめり)となった。意味は「去ったのであるようだ」。
30 行くなるべし カ行四段動詞「行く」の連体形+断定の助動詞「なり」の連体形+推量の助動詞「べし」の終止形。意味は「行くのであるに違いない」。

「べし」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「べし」の識別の解説

31 して 接続助詞。意味は「~で」。
32 解かで カ行四段動詞「解く」の未然形+接続助詞「で」。意味は「解かないで」。
33 丸寝 名詞。帯を解かず、衣服を着たまま寝ること。読みは「まろね・まるね」。
34 にて 断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」。意味は「~であって」。
35 ごとく 比況の助動詞「ごとし」の連用形。意味は「~のようだ」。
36 なる 存在の助動詞「なり」の連体形。意味は「~にいる」。
37 行くなり カ行四段動詞「行く」の連体形+断定の助動詞「なり」の終止形。

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現代語訳

 そうした間にも、雨の音はやまずに降っている。夜中頃に、雨に紛れて馬盗人が入って来た。(馬盗人は)この馬を取って引き出して去ってしまった。その時に、厩のほうで人が声を上げて叫んで言うことには、「昨夜、連れて参りました馬を、盗人が取って退出しました。」と。頼信は、この声をかすかに聞いて、子の頼義が寝ている時に、「このようなことを部下が言っていることは、聞いたであろうか。」と告げないで、起きた状態で衣服を引いて、裾を帯にはさんで、胡箙を背負って、厩に走って行って、自ら馬を引き出して、粗末な鞍があったのを馬に置いて、それに乗って、ただ一人関山の方向へ追って行った。その心中は、「この盗人は、東国の者が、このよい馬を見て、奪い取ろうと付いて来たのであるが、道中では奪い取ることができないで、京までやって来て、このような雨に紛れて奪い取って去ったのであるようだ。」と思って、(盗人を追って)行くのであるに違いない。
また子の頼義も、その声を聞いて、親が思ったように思って、親にこのようだとも言わないで、まだ衣服も脱がないで丸寝の状態であったので、起きた状態で、親・頼信と同じように胡箙を背負って、厩にいる(馬に乗って)関山の方向へ、ただ一人追って行くのである。

  

いかがでしたでしょうか。

前回の「解説2」の箇所と同様に、「なめり」の音便の変化があります(注29)ので、元の形が分かるようにしておきましょう

また、敬語表現もあります(注6・7)ので、敬意の方向は理解しておきましょう

  

続きは以下のリンクからどうぞ。

『今昔物語集』「馬盗人」の現代語訳と重要な品詞の解説4

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