『宇治拾遺物語』「唐に卒塔婆血つくこと」の現代語訳と重要な品詞の解説3

では、「唐に卒塔婆血つくこと」の前回の続きの文章を見ていきましょう。

前回の解説はこちら。

『宇治拾遺物語』「唐に卒塔婆血つくこと」の現代語訳と重要な品詞の解説2

本文

 「おのれ【注1】が親は百二十にて【注2】なん失せはべりにし【注3】。祖父は百三十ばかりにて【注4】失せたまへりし【注5】。それにまた、父祖父などは、二百余年までぞ生きてはべりける【注6】。『その人々【注7】言ひ置かれたりける【注8】。』とて、『この卒都婆に血【注9】つかん【注10】折になん、この山は崩れて、深き海となるべき【注11】。』となん【注12】、父【注13】申し置かれしか【注14】ば、麓にはべる【注15】なれ【注16】ば、山崩れな【注17】うちおほはれ【注18】て、死に【注19】もぞする【注20】と思へば、もし血つかば逃げて退かん【注21】とて、かく日ごとに見るなり【注22】。」と言へば、この聞く男ども、をこがり【注23】あざけり【注24】て、「恐ろしきことかな【注25】崩れん【注26】時は告げたまへ【注27】。」など笑ひけるをも、我をあざけりて言ふとも心得ず【注28】して、「さらなり【注29】いかでかは【注30】我ひとり逃げん【注31】と思ひて、告げ申さざるべき【注32】。」と言ひて、帰り下りにけり【注33】

重要な品詞と語句の解説

語句【注】 品詞と意味
1 おのれ 代名詞。意味は「わたくし」。
2 にて

格助詞「にて」。意味は「~で」。

「にて」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

「にて」の識別の解説

3 失せはべりにし サ行下二段動詞「失す」の連用形+ラ変活用の補助動詞「はべり」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「亡くなりました」。「はべり」は丁寧語で、若き主たちに対する敬意。「し」は係助詞「なん」に呼応している。
4 にて 格助詞「にて」。意味は「~で」。
5 失せたまへりし サ行下二段動詞「失す」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の已然形+完了の助動詞「り」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。意味は「お亡くなりになった」。「たまへ」は尊敬語で、祖父に対する敬意。「し」は係助詞「ぞ」に呼応している。
6 はべりける ラ変動詞「はべり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。意味は「おりました」。「はべり」は丁寧語で、若き主たちに対する敬意。「ける」は係助詞「ぞ」に呼応している。
7 の

格助詞の主格。意味は「~が」。

「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助詞「の」の識別の解説

8 言ひ置かれたりける カ行四段動詞「言ひ置く」の未然形+尊敬の助動詞「る」の連用形+完了の助動詞「たり」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。意味は「言い残しなさった」。「れ」はその人々に対する敬意。
9 の 格助詞の主格。意味は「~が」。
10 つかん

カ行四段動詞「つく」の未然形+仮定の助動詞「ん」の連体形。意味は「つくような」。

「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「む(ん)」の識別の解説

11 なるべき

ラ行四段動詞「なる」の終止形+推量の助動詞「べし」の連体形。意味は「なるだろう」。「べき」は係助詞「なん」に呼応している。

「べし」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

助動詞「べし」の識別の解説

12 なん

係助詞「なん」。「なん」の後に「言ひける・のたまひける」などが省略されている。

係り結びの省略については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。

係り結びの省略と流れの解説

13 の 格助詞の主格。意味は「~が」。
14 申し置かれしか カ行四段動詞「申し置く」の未然形+尊敬の助動詞「る」の連用形+過去の助動詞「き」の已然形。意味は「申し置きなさった」。「れ」はに対する敬意。
15 はべる ラ変動詞「はべり」の連体形。意味は「おります」。丁寧語で、若き主たちに対する敬意。
16 なれ 断定の助動詞「なり」の已然形。
17 崩れな ラ行下二段動詞「崩る」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の未然形。意味は「崩れてしまった」。
18 うちおほはれ ハ行四段動詞「うちおほふ」の未然形+受身の助動詞「る」の連用形。意味は「覆いかぶされる」。
19 死に ナ変動詞「死ぬ」の連用形。
20 する サ変動詞「す」の連体形。「する」は係助詞「ぞ」に呼応している。
21 退かん カ行四段動詞「退く」の未然形+意志の助動詞「ん」の終止形。意味は「退こう」。
22 見るなり マ行上一段動詞「見る」の連体形+断定の助動詞「なり」の終止形。意味は「見るのである」。
23 をこがり ラ行四段動詞「をこがる」の連用形。意味は「ばかにする」。
24 あざけり ラ行四段動詞「あざける」の連用形。意味は「嘲笑する」。
25 かな 詠嘆の終助詞。意味は「~だなぁ」。
26 崩れん ラ行下二段動詞「崩る」の未然形+仮定の助動詞「ん」の連体形。意味は「崩れるとしたら」。
27 告げたまへ ガ行下二段動詞「告ぐ」の連用形+ハ行四段活用の補助動詞「たまふ」の命令形。意味は「お告げください」。「たまへ」は尊敬語で、に対する敬意。
28 心得ず ア行下二段動詞「心得(こころう)」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形。意味は「理解しない」。
29 さらなり ナリ活用の形容動詞「さらなり」の終止形。意味は「もちろんだ」。
30 いかでかは 連語。意味は「どうして」。
31 逃げん ガ行下二段動詞「逃ぐ」の未然形+意志の助動詞「ん」の終止形。意味は「逃げよう」。
32 告げ申さざるべき

ガ行下二段動詞「告ぐ」の連体形+サ行四段活用の補助動詞「申す」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形+推量の助動詞「べし」の連体形。意味は「告げ申し上げないだろう」。「申さ」は謙譲語で、若き主たちに対する敬意。「べき」は「いかでか」の「か(係助詞)」に呼応している。

33 下りにけり ラ行四段動詞「下る」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。意味は「下りてしまった」。

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現代語訳 

 「わたくしの親は百二十歳で、亡くなりました。祖父は百三十歳ぐらいで、お亡くなりになりました。それにまたその父や祖父などは、二百余歳まで生きました。『その人々が言い残しなさった』こととして、『この卒塔婆に血が付いた時に、この山は崩れて、深い海になるだろう。』と、父が(私に)申し置きなさったので、私は麓におります身でありますので、もし山が崩れたならば、(土砂に)覆いかぶせられて、死んでしまうと思い、もし血が付いたならば逃げて退こうと思い、このように毎日見ているのであります。」と言ったので、このことを聞いた男たちは、馬鹿にして、嘲笑して、「恐ろしいことだなあ。もし崩れる時はお告げください。」と言って笑ったのを、(老女は男たちが)自分を嘲笑して言っているとも理解しないで、「もちろんです。どうして私一人だけで逃げようと思って、告げ申し上げないでしょうか。」と言って、帰り、山を下りてしまった。

いかがでしたでしょうか。

この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。

・敬語表現は誰に対する敬意かが分かるようにしておきましょう。
 (注3・5・6・8・14・15・27・32)

・係り結びの省略は省略された語が補えるようにしておきましょう。(注12)

・助動詞「べし」・「る」・「ん」の意味が識別できるようにしておきましょう。

続きは以下のリンクからどうぞ。

『宇治拾遺物語』「唐に卒塔婆血つくこと」の現代語訳と重要な品詞の解説4

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